Q1. 2025年、あなたの専門領域で最も印象に残った出来事・変化・トピックは何ですか?
2025年は、人事にとって構造的な転換点となった一年でした。
「人的資本経営の深化」と「AI活用の加速」という二つの変化が同時に進展したからです。
■人的資本経営が「理念」から「実装」へ
まず、「人的資本経営の深化」という側面では、これまで経営レベルの議論にとどまっていたものが、現場レベルでの実装フェーズへ移行した点が重要です。
国内の動向を振り返ると、2022年に内閣官房が「人的資本可視化指針」を公表し、続く2023年3月期決算から、上場企業に人的資本情報の開示が義務付けられました。現在、約4,000社の上場企業が人的資本の情報開示を行っており、この動きは開示義務のない非上場企業にも広がり始めています。
こうした制度整備から3年目を迎えた2025年は、人的資本経営が「理念」から「実装」へとステージを変えた年だと位置づけられます。
人事の現場を見ると、リスキリング、キャリア自律支援、エンゲージメント向上、健康データ活用、組織サーベイ、タレントマネジメントデータの統合など、多岐にわたる施策が単発の取り組みとして存在するのではなく、人的資本の価値向上という一つの文脈のもとで統合的に扱われ始めています。
すなわち、社員のモチベーションや成長機会をいかに高め、それを企業競争力へどう転換するかが、経営と現場を横断するテーマとして議論されるようになったと言えます。
■AI活用の急速な加速によって人事の存在意義が問われる
こうした変化と並行して急速に進んだのが、「AI活用の加速」です。
これは、多くの人事担当者が日常業務の中で強く実感している変化ではないでしょうか。
採用、配置、育成、評価、報酬、等級、組織開発、労務など、いまや人事バリューチェーンのほぼ全領域でAIが関与し始めています。
求人票作成、候補者スクリーニング、面談ログ要約、社内問い合わせの自動応答、研修コンテンツ生成、サーベイ分析、従業員データに基づく配置シミュレーションなど、実運用フェーズに入った例も増加しています。
実際、人事部門の約7割が何らかの業務で生成AIを活用していると報告されており(出所:日本の人事部『人事白書2025』)、この流れは今後さらに加速していくことは間違いありません。
AIは単なる業務効率化のツールにとどまらず、人事の仕事の定義そのものを揺さぶり、役割の再構築を迫る存在へと変化しています。
つまり、2025年は、従来の「人事の存在意義」が根本から問い直される局面に突入した年だったと考えています。
Q2. その出来事・変化が起きた背景には、どのような要因があると思いますか?
こうした変化は、複数の社会的・経済的・技術的要因が重層的に作用した結果であり、特に以下の4つのメガトレンドが大きく影響していると考えます。
■① 人口動態と労働供給制約
第一に、日本が本格的な「慢性的な人手不足社会」に突入している点です。
人口動態をもとに労働需給を試算した結果、2030年に約340万人、2040年には約1,100万人の労働力が不足する可能性が示されています(出所:リクルートワークス研究所の『未来予測2040』)。
つまり、「人が足りないから採る」「代わりを見つける」という発想そのものが限界に近づいており、「既存の人材をどう活かしきるか」「いかに生産性を上げるか」が国家レベルのテーマになっていると言えます。
この前提に立つと、人的資本を「コスト」ではなく「希少で価値ある投資対象」として再定義し、その状態や投資効果を可視化・説明することが重要になってきます。
そして、このメガトレンドこそが、人的資本経営の必然性を強めると同時に、AI活用の推進に強いインセンティブを与える基盤になっていると考えます。
■② Z/アルファ世代の台頭と価値観の変化
第二に、働き手側の価値観の変化、とりわけZ世代・アルファ世代の登場です。
すでに職場の中核に入りつつあるZ世代は「ワークライフバランスを保つ」「仕事とプライベートを明確に分ける」「柔軟な職場環境を求める」傾向があるとされています(出所:ヒューマンHD『Z世代の仕事観と自分らしさに関する調査2025』)。そして続くアルファ世代(2010〜2024年生まれ)は、スマートフォンも生成AIも当たり前の環境で育った「真のデジタルネイティブ」であり、2030年前後には労働市場へ本格参入します。
彼らは学びの機会、成長実感、社会的意義、健康とウェルビーイングを働く上で欠かせない条件として求めるとされています。
こうした世代構造の変化を踏まえると、企業はもはや旧来の働き方や制度だけでは優秀な人材を惹きつけ、維持することはできないでしょう。
求められているのは、個々の成長を支援する仕組みを作り直し、働く意味そのものをデザインし、成果と幸福を両立させることです。すなわち、ここでも人的資本経営の実装と、一人ひとりに向き合うためのAI活用は切り離せないテーマとなってきていると考えます。
■③ 人的資本経営に対する資本市場からの期待の高まり
第三に、投資家をはじめとする資本市場からの期待の高まりです。
近年の各種調査では、投資家が企業価値評価において人的資本の指標を重視する傾向が強まっています。一方で、経営者自身は人的資本への戦略的投資が企業価値向上に不可欠と認めながらも、その投資対効果を十分に説明できていないという課題意識を抱えているケースも少なくありません。
つまり、この「重要だが、まだ足りていない」状況こそが、人事に対して、人的資本経営をより推進し、その成果を明確に説明する責任を突きつけています。
しかし、この責任を果たすことは容易ではありません。
なぜなら、人的資本は設備投資などとは異なり、成果が短期で表れにくく、数値化も難しく、要素が多層的で相互に影響する特性があるからです。
このとき重要な役割を果たすのがAI活用だと考えています。
AIは膨大なデータをもとに、因果関係の解像度を高め、未来予測を可能にしてくれます。まだ発展途上ではありますが、見えなかったものに光を当て、より納得度の高い意思決定を支える技術へと進化していくことは間違いないと考えています。
いずれにしても、人的資本経営の本格運用を求める資本市場の期待が、AI活用を強力に後押しする構造を生み出していると言えるでしょう。
■④ テクノロジー進化に伴うAIの民主化
第四に、テクノロジーの進化、とりわけAIの急速な発展と民主化です。
2022年のChatGPT登場以降、AIは専門家だけが扱う高度技術ではなく、誰もが使える汎用インフラへと進化しました。
UI/UXの改善やノーコード技術の広がりにより、かつては高い導入コストと専門知識が必要だったAIが、日常業務の中で自然に活用できるツールへと姿を変えつつあります。
この変化は、R&D領域やデジタル部門にとどまらず、人事を含むバックオフィス全体に波及し、意思決定の質・速度・精度を向上させていくでしょう。
同時に、問い合わせ対応や事務処理、資料作成など、これまで人事が多くの時間を費やしてきた業務の一部をAIが担うようになり、人事の手に「余白」が生まれ始めています。この「余白」こそが、人事が本来向き合うべき仕事に力を注ぐための土台になると考えます。
言い換えれば、AIは人事の仕事を奪うのではなく、人事を本来の役割へ立ち返らせる存在になりつつあるのだと思います。
Q3. このトピックは今後どのように進化・展開していくと考えますか?
2025年は、人的資本経営とAI活用が同時に進展し、「人事とは何者か」という根源的な問いが、これまでになく強く突きつけられた一年でした。そしておそらく2026年も、この問いは人事の前に立ち続けるだろうと思います。
もちろん、年が変わったからといって、劇的な変化が訪れるわけではありません。2025年に議論されていたテーマは、2026年にもそのまま続いていきます。
しかし、その中で、問いの質感は確実に変わっていくはずです。すなわち議論の中心は、「人事とは何者か」から、「人事だからこそ生み出せる価値は何か」へと移っていくと感じています。
その上で、これを読んでくださっている人事の皆さんに、あらためて問いかけたいことがあります。
■過去の「人事の当たり前」を手放せただろうか
2025年は、人事にとって多くを失い、同時に多くを得た一年でもありました。
AI活用が進んだことで、経験や勘だけに頼る余地は小さくなり、形式を整えることで安心を得ようとする姿勢や、問い合わせ対応や事務処理に追われ続けていた日々は、静かにその役割を終えつつあります。こうした過去の「人事の当たり前」は、今後さらに手放していくことになるでしょう。
一方で、データと仮説に基づく意思決定の基盤が整い、社員と向き合うための「余白」が生まれ始めました。
そして何より、「人とは何か」「働くとは何か」という本質的な問いに向き合う覚悟を、人事は改めて試された一年だったと感じています。
皆さんはどうでしょうか。
過去の「当たり前」を手放し、生まれた「余白」をもって、本質に向き合えているでしょうか。
■流行に反応せず、原理に立ち返る勇気を持てているか
こうした変化の渦中だからこそ、人事が陥りやすい罠にも注意が必要です。
それは、流行に反応しすぎることです。
HRBP、ジョブ型、スキルベース組織、ウェルビーイング――。
人事領域には毎年のように新しい言葉が生まれます。
そのたびに、他社のベストプラクティスを急いで模倣し、形だけ整えることで安心を得ようとする誘惑があります。
しかし、組織というものは本来、極めて複雑で、多層的な存在です。
経営者の思想、歴史、文化、そこにいる人の関係性が絡み合う以上、他社の手法が自社でも同じように機能することはほとんどありません。
だからこそ、安易に流行へ飛びつくのではなく、原理に立ち返る勇気が必要だと考えています。
皆さんは2025年、流行を追うのではなく、原理へ立ち返る選択ができたでしょうか。
■最後に──同志である人事の皆さんへ
机の上に答えはなく、会議室の中だけでは何も生まれません。
考えるだけでは何も変わりません。
現場に足を運び、社員と語り、試し、失敗し、また考える。
その地道な往復の中にこそ、解決策が生まれ、同時に人事としての力が鍛えられていきます。
もし、この当たり前の営みを放棄し、手法だけを追うようになれば、人事はやがてAIに取って代わられるでしょう。
裏を返せば、原理を理解し、自ら問いを立て、現場に意味を生み出せる人事だけが、AI時代にも価値を持ち続けるのだと思います。
私は2026年も、流れに飲まれるのではなく、その流れの意味を問い続けながら、一歩ずつ進んでいきたいと思います。
そして、これを読んでくださっている人事の皆さんとともに、同じ問いを抱え、向き合い続けていけたらと願っています。



