Q1. 2025年に挑戦したこと・変化があったことは何ですか?
2025年、私にとって最大の挑戦と変化は、東証プライム上場企業の経営企画(M&A・投資戦略担当)という「実務家」の立場にありながら、大学院の客員研究員という「研究者」の役割を新たに担い始めたことです。
キャリアの複線化とも言えるこの決断は、私のこれまでの職業人生と、これから成し遂げたい使命感を結ぶ重要な転換点となりました。
私は45歳まで地方銀行に勤務し、審査部門等で数多くの企業の財務分析を行ってきました。現在は事業会社側でM&Aを主導する立場にあります。銀行員時代から現在に至るまで、私は常に貸借対照表や損益計算書という「数字」の世界に身を置いてきました。
しかし、数々のM&Aや企業再生の現場に立ち会う中で、一つの違和感を抱き続けていました。
「財務諸表に並んだ数字だけでは、企業の本当の価値、組織が持つ熱量や未来への可能性は測れないのではないか?」という問いです。
M&Aにおいて、買収後に組織が崩壊してしまうケースの多くは、財務DDで見落とされた「人と組織の問題」に起因します。実務の現場だけでは解決しきれないこの課題に対し、アカデミアの知見を用いて論理的な解を見出したい。その渇望が、私を「人的資本」の研究へと突き動かしました。
2025年は、日中はM&Aの最前線で数字と格闘し、夜や週末は研究者として理論と向き合う日々でした。この往復が、私の視座を一段高く引き上げてくれたと思います。
Q2. その経験を通じて得た学びや、印象に残った気づきはありますか?
研究を進める中で、私は「人的資本の定量化」というテーマの深淵に触れ、同時に巨大な倫理的・哲学的な壁に直面しました。
それは、「果たして、人間を科学的に評価することは正しいことなのか?」という根源的な問いです。
海外に目を向ければ、プロサッカー選手の「選手登録権」が資産としてオンバランスされるケースがあります。また、IFRS(国際会計基準)において開発資産の一部として人的要素が評価されたりする事例は存在します。
しかし、一般的な日本企業、または地域に根差した中小企業において、従業員を「資産」として評価することは、人間をモノのように扱う冒涜ではないだろうか──。
数字を扱う冷徹な実務家としての私と、一人の人間としての私の間で、葛藤が生まれました。
この迷いを払拭し、私に確固たる指針を与えてくれたのは、かつて小児がんと闘った娘の存在と、当時の記憶でした。
娘の闘病中、私は会社から「今は仕事を忘れ、家族を最優先にしてほしい」という言葉をかけられました。そして、「私たちは、あなたの将来の貢献を期待している」と。
会計上、人は「費用」であり、利益のために削減すべき対象として扱われることがあります。しかし、あの時の会社にとって、人は単なるコストではありませんでした。苦難を乗り越え、将来より大きな価値を生み出す源泉、すなわち「資本」として私を捉えてくれていたのです。
この原体験と研究がリンクした時、私の中で答えが出ました。
「人を数値化する」とは、人を格付けして選別することではない。その人が持つ見えない可能性や、組織への貢献意欲を価値として可視化し、正当に報いるための手段ではないだろうかと。
「人はコストか、資本か?」─この問いに対し、私は迷いなく「人は、投資すればするほど価値を生み出す資本である」と断言できます。この気づきこそが、2025年に得た最大の財産です。
Q3. 2026年に向けて、どのような構想や挑戦を思い描いていますか?
現在のM&Aにおける人事DDは、未払い残業代や労務トラブルといったリスク(負債)の発見に重きが置かれる傾向にあります。
そのため、買収価格をディスカウントするための調査になりがちで、従業員のエンゲージメントや企業文化との適合性といった「ポジティブな価値」が価格に反映されることは稀です。
その結果、M&A後に優秀な人材が流出し、地域経済の衰退を招くという課題があると考えています。また、私の専門領域である小売・流通業においては、現場を支える多くの非正規従業員の方々が「調整弁」としてしか見られないことも、大きな損失と考えています。
私はこの現状を変えたいと考えています。
2026年に向けて、私はリスク評価偏重の人事DDから脱却し、人のポジティブな側面を可視化して企業価値に上乗せする「人的資本バリュエーション手法」の構築に挑みます。
所属する大学院の知見も借りながら、財務諸表には載らない「組織文化」や「従業員エンゲージメント」、そしてこれまで軽視されてきた「非正規従業員の熟練度や貢献」を、定量・定性の両面から評価できるフレームワークを実用化したいと考えています。
私のキャリアの軸は「価値を多角的に見出し、未来へ繋ぐ」こと。
人を単なる労働力(コスト)としてではなく、未来を創る資本として正当に評価する仕組みを作る。
そうすることで、事業承継を「看板の書き換え」ではなく、経営者の想いと従業員の価値をつなぐ「未来への投資」へと変えていきたいと思います。
数字の強さと人の心の温かさ、その両方を知る実務家として、地域経済の持続可能な発展に貢献していくことが、2026年への私の決意です。



