Q1. 2025年に挑戦したこと・変化があったことは何ですか?
2025年は私にとって大きな転換点となりました。従来の経営・企画コンサルタントからプレイヤー、評論家から作者、いわば客体から主体へと、本格的に自分の軸足を大きく変えた一年でした。その象徴となったのが、京都初の本格的ナイトマーケット“京都夜市“の立ち上げです。
京都は世界屈指の観光都市であるにもかかわらず、極めて独特な構造的歪みを抱えています。観光の目玉である寺社仏閣・庭園・文化施設の多くは17〜18時に閉門し、そこから先は「観光の空白地帯と空白時間」が広がっています。昼に有名寺社仏閣へ集中していた観光客が、夕刻になると行き場を失い、一斉に祇園・木屋町・先斗町といった繁華街=隣接する極めて限られたエリアへ流れ込み、慢性的な混雑と生活被害を生んでいます。この“17時問題”は観光都市・京都が長年、放置してきた「構造的欠陥」とも言えます。
こう言ってはなんですが、これまで京都は歴史的・文化的なレガシーがあった故に、意図せず周囲が勝手に「ブランディング」してくれ、経営努力なしに集客ができており、それに胡座をかいていたように感じています。
しかし、流石に昨今のオーバーツーリズムは行き過ぎの感があり、公共交通機関は大混雑で乗れないわ、プライベートな空間にもズカズカと入ってくるわ、ゴミは散乱してるわで生活に支障が発生しています。特に言葉や文化の違うインバウンドに対しては、イケズで嫌味が上手な京都人も全くお手上げな状態。
こんな事態を目の当たりにし「ブツブツ文句を言うだけでなく、自らが夜の受け皿を作ればいい」という極めてシンプルな結論に至りました。
そして、有志一同で運営会社を立ち上げ、本年6月から東本願寺前の「お東さん広場」を舞台に、忍者ショー、猿まわし、大道芸、人力車体験、クラフト作家、飲食店、子供屋台、そして、提灯、京行灯の灯りを組み合わせたナイトマーケットを開催し、新たな“夜の文化空間”をつくる挑戦を始めました。そして、6月から「京都夜市」をスタートし、現在まで月に1回のペースで開催しています。
Q2. その経験を通じて得た学びや、印象に残った気づきはありますか?
「とりあえず最初の一年は実験や!」ということで始めましたが、蓋を開けてみると反応は予想を超えて大きく、初回から1万6千人が集まり、半年で累計10万人を超える規模へと成長。周りからも「最近、夜市はあっちこっちで話を聞きますわ」と言われるようになり、気がつけば京都の新しい“夜の風物詩”として認知されるようになりました。
京都府・京都市・東本願寺・地元商店街・出店者・地域など利害関係者とも対話を重ね、11月には東本願寺とは飛地境内である渉成園のライトアップイベントと連動させた夜市開催を実施できました。また、府や市からも「夜間観光の受け皿の一つとして評価できる」との声をいただくようになり、京都府の「京都・朝夜観光推進事業」に採択され、京都市も正式に京都夜市を後援してくれるまでになりました。
商社マンとして海外の多数の都市を訪れた経験、また地方創生・地域振興、観光分野のコンサルティング、日々過ごす京都で様々な人と交流し「京都の表と裏側」に触れてきた経験から、人の流れは「観光資源」ではなく「選択肢の動線設計」で決まるとぼんやりと感じていました。特に京都には夜の選択肢がほとんどなく、結果的に“行き場を失った人”が1箇所に殺到する。これはマナーの問題でも、観光客の質の問題でもない。都市設計上のバグです。
京都夜市はこれを検証し、「歴史的建造物=ハード」ではなく「文化的イベント=ソフト」でこのバグを解消できないかという試みでもあります。
夜市のスタッフの平均年齢は60歳を超えており、まさに「昭和のおっさん」達で運営しています。設営なども自分たちでやっており、まさに「ヒーヒー」言いながら、老体に鞭打ち開催しています。
「口だけでは誰でも言える、それを実行する人は少なく、継続できる人はさらに少ない。なので、きつくても継続しよう」という気持ちで続けていますが、自然と手伝ってくれる人達も集まり、東本願寺や西本願寺のお坊さん、某近隣一流ホテルの調理長、そして京都大学の大学院生や大学生もスタッフに加わってくれています。
正しい「錦の御旗」を立て、それを立て続ければ、自ずと人はついてくるものなのかも知れません。
Q3. 2026年に向けて、どのような構想や挑戦を思い描いていますか?
どうにか半年間は京都夜市を継続してこれましたが、収支的には赤字が続いています。「継続は力なり」ではありますが、「利益なくして継続なし」もまた真ではあります。2026年の第一目標としては、やはり「黒字化」であり、現在の出店料をメインとした収益構造からの脱却、つまり収益の柱の多角化を考えています。
また、現在、会場である「お東さん広場」の利用は抽選制であり、公共的価値の高い事業であっても、毎月の継続実施が制度上極めて困難です。しかし、京都夜市の真価は「単発イベント」ではなく、“市民・観光・文化をつなぐ新しい定期市”として機能することで、はじめて発揮されます。土地の所有者である東本願寺、管理者の京都市とも協議し、「毎月、第X週の週末は京都夜市の日」と認知されるような「スケジュールに基づく定例市」へと進化させたいと考えています。
京都には、かつて「学藝衆(がくげいしゅう)」という文化を担った人々がいました。職人、芸人、学者、商人など、文化と経済をつなぎ、街を創造的に支えた存在です。我々は京都夜市を、現代版の「学藝衆」が集まる文化経済圏へと育てたいと考えています。
夜市の場にはすでに、若手職人、クラフト作家、芸大生、大学生、高校生、アーティスト、飲食のプロ、地域のお年寄り、そして子どもたちが関わりはじめています。この多様なプレイヤーをネットワークとして束ね、「学び・表現・実装・収益化・観光」 を連動させることで、京都発の新しい文化産業をつくれないかな?などとも考えています。
少なくとも、京都夜市は誰もが排除されない包摂的な夜の文化を提供し、市民と観光客が分断されることなく京都の夜を共に楽しむ場。そして、ここでは観光客は単なる“消費者”ではなく、文化に関わり、その持続に参加する“主体”へと変わる。そのような場を創造し、提供し続けて行きたいと思います。



