「このまま研究を続けても到底勝てない」。米国での痛烈な体験ー大学時代は人間科学を専攻されています。何を学ばれていたのでしょうか?人間科学は学際的な学問なのですが、その中でも教育工学を学んでいました。特にCSCL、いわゆる「協調学習」(※)の分野において、学習支援システムの開発や現場での適用に関する研究や実験を行っていました。今ほどデジタル環境が発達していなかった時代です。例えば、所属していた研究室では、衛星通信を利用して、アフガニスタンの小学校と日本の小学校をつなげ、遠隔学習の実践を行っていました。当時はコストもまだまだ高く、実用化までは至らなかったですが、そこで得られたノウハウが、現在の技術に応用されています。※協調学習(CSCL(Computer Supported Collaborative Learning))とは、複数の学習者同士がお互いにコミュニケーションをとりながら学び合うこと。そしてその学習をコンピュータによって支援しようとする研究活動のことを指すー教育分野に携わられていたんですね。大学を卒業されてからは、システムインテグレーターに就職されていますが、大学院で研究を続ける選択肢もあったのでしょうか?大学の四年生までは、大学院に進むつもりでおりました。しかし、四年生のあるタイミングで、米国・ボストンにある、マサチューセッツ工科大学を訪問する機会があり、ビジュアルプログラミング言語のScratch(※)を開発している研究室やその他の研究室を見学させてもらいました。世界各国から様々な学生が学びにきており、企業に自ら働きかけてスポンサーを獲得し、研究開発を進める姿を見て、「このまま日本の大学院に進学しても彼らには到底勝てない」と痛感しました。悩んだ挙句、「まずは技術力を現場で磨かないといけない」と考え、慌てて四年生の途中から就職活動を始めました。エンジニアとして勤務ができ、地元の関西で働けるところは無いかと探した結果、内定をいただいたシステムインテグレーターに入社することにしました。※Scratchとは、マサチューセッツ工科大学のメディアラボが無償で公開しているビジュアルプログラミング言語。画面上のブロックをつなぎ合わせてプログラムを作ることができ、日本語でも使用が可能(引用:https://www.mext.go.jp/miraino_manabi/content/285.html)ー実際は営業職に配属されたということでしょうか?そうですね。研修が終わった時に「営業だからね」と通達され、正直「マジかよ」と思いました(笑)。営業職になると東京に出なくてはならず、半ば思いがけず大きく人生が動いたタイミングでした。ー営業としての仕事はいかがでしたか?実際、営業は自分に向いていたと思います。人と話をしたり巻き込んでいくこと、要件を整理することなどは決して苦手ではありませんでした。ですので、順調に成果もついてきて、昇格もすることができました。システムだけで企業変革は起こせないーそこから株式会社グロービスへ転職されたわけですが、その背景を教えてください。当時、総合化学メーカーのクライアント様を担当した際、研究所向けのナレッジマネジメントシステム導入という大型案件を、自らの提案で獲得することができました。当時提案したナレッジマネジメントシステムは、「社内で誰が何の情報を知っているか」「どういった研究が社内で行われているのか」などを検索すればすぐにわかる、社内版のGoogleみたいなものです。しかし、システムを導入したものの、研究者同士の交流が活性化することはほとんどなく、ナレッジマネジメントの推進にもすぐには繋がっていきませんでした。後にクライアント様に聞くと、システムの導入だけではなく、研究者の教育、交流が生まれる場作りを含む、あらゆる施策を通じて、ナレッジマネジメントを強化する計画があることを知りました。私はシステム導入という一部分だけに関わっていたのです。その時に、「システム会社として提供できる価値は、企業変革の中でごく一部に過ぎない」と痛感しました。加えて、当時、コンサルティングファームと連携する機会もあったのですが、彼らの仕事ぶりから学ぶ新たな視点もあり、つまりは「企業を変えていくためには、システム以外のことも含めて関わっていかないといけない」と気付かされたのです。そういった背景があり、コンサルティング業界に転職しようと決意しました。28歳の頃でした。ーなぜグロービスを選ばれたのでしょうか?コンサルティングと一言で言っても専門領域があり、例えば営業改革に強い人もいればDXに強い人、人事に強い人など、様々なコンサルタントがいらっしゃいます。その中で、自分はどの領域で戦いたいかと考えた時、「人事領域」に焦点をあてることにしたのです。先ほどお話しした1社目のプロジェクトで「システムだけが変わっても、人や組織は変わらない」という原体験があったことが、人事に目を向けた理由の一つです。また、幼少期からずっと「人への関心」が強かったこともあり、人事領域で経験を積み上げていきたいと考えました。また、学生時代に学んでいた教育工学の影響もあります。いつか教育にテクノロジーを活用する取り組みを実現したいという想いを、ずっと心に抱いていました。こうした背景もあって、総合コンサルティングファーム各社から内定をいただいたものの、最終的にはグロービスに入社することを選びました。経営レイヤーの方と対峙できるまでに成長できた喜びを実感ーグロービス在籍の約7年間、どういったご経験をされてきましたか?前半の5年間は、法人コンサルティング部門に在籍し、主に各業界のリーディングカンパニーの経営幹部育成、サクセッションプラン(※)、新規事業開発支援を担当していました。※サクセッションプランとは、経営戦略上の重要ポストが将来時点で欠けないように、その候補者を前もって管理することを指す(引用:https://www.works-hi.co.jp/businesscolumn/successionplanning)ー1社目からの大きなキャリアチェンジだったと思いますが、どのような5年間でしたか?まともにパワポ資料も作れないような状態からスタートし、最初の1〜2年は相当苦戦しました。短期間であらゆる情報をインプットして論点を設定し、役員の方たちと合意形成をしていくコンサルタントとしての仕事は、これまでの物売りの仕事とは何もかもが全く違いました。それに、経営に関する考えや知見も浅かったため、会議で何が議論されているのか理解できないことも多々ありました。とにかく必死に食らいつく毎日でしたね。そんな中、2年目に担当したインフラ系企業様の新規事業開発支援のプロジェクトが、自分にとっては大きな経験でした。プロジェクトが終わった懇親会の場で、担当したクライアント様の常務の方に、「太田さんだからこのプロジェクトはうまくいった。自社の課題についてぜひ1対1で議論させてもらいたい」と言っていただくことができました。そこでようやく「経営レイヤーの方と議論できる人間だと認めてもらえた」と感じられ、とても嬉しかったですし自信にも繋がりました。その頃から、自分自身の能力も段々と高まっていき、カバーできる領域が広がっていったと思います。ー後半の2年間はデジタル部門へ移動されています。どういった背景があったのでしょうか?当時、コロナ禍に入ったタイミングでした。法人コンサルティング部門のサービスは企業研修が中心となるので、対面で会うことが制限されれば、ダイレクトに事業への影響があります。次々と延期や中止になるプロジェクトを目の当たりにし、不安と焦りを募らせていきました。そして、同時にやってきたのが、急速なデジタル化の波です。人事の現場でもDXが進み、タレントマネジメントシステムや学習管理システムなどが本格的に導入され始めていました。グロービスもこの領域にチャレンジしていかないと、研修事業の成長も鈍化していくのではないかという強い危機感がありました。「事業成長のためには誰かがやらなければならない」そう思うようになり、自ら異動申請を出し、デジタル部門へと移りました。アライアンス強化・コンテンツ拡大で成長する「グロービス学び放題」ーデジタル部門では具体的にどういった事業に携わられていたのでしょうか?「グロービス学び放題」という動画学習サービスの事業開発を2年間担当していました。その中でも特に注力したのは、「グロービス学び放題」が保有する学習データと、タレントマネジメントシステムや学習管理システムとを連携させ、どのように人材育成を進めていくか、というテーマです。タレントマネジメントシステムや学習管理システムは、国内外の複数ベンダー様から提供されています。これらシステムと「グロービス学び放題」の両方を導入されている企業の人事様では、両システムが保有するデータを一元的に扱えないという課題をお持ちでした。こうした別々で管理されているデータを統合できれば、さらなる価値を生み出すことができると考えたのです。そのためにも、私自身がアライアンス担当として、これらのベンダー様と連携して、クライアント様に価値提供する役割を担っていました。ーそれによって生み出せた成果はありましたか?まずはなんといっても、外資系ベンダー様を中心に連携強化できたことです。それによって様々なクライアント様にワンストップで価値提供できたと思います。採用いただいた自動車メーカー様や製薬会社様といった企業様では、このシステム連携によって全社規模のインパクトを生み出すことができました。また、「グロービス学び放題」のコンテンツ拡大の役割も担いました。これまで経営大学院などが保有するナレッジを内製でコンテンツ化していたところから、他社の知見も取り入れ、プラットフォーム上で配信する動きを加速させることができました。特に大きな取り組みだったのは、SFA・CRM・MAなどを提供する外資系ベンダー様との連携です。その企業様は営業力の高さで知られていたので、営業戦略をテーマとしたコンテンツを共同で開発しました。リリースしたコンテンツは好評でしたし、この取り組みをきっかけに、他の企業様からも連携に関する関心を寄せていただくようになり、さらなるコンテンツ拡大に寄与できました。経験したことのない経営を教える立場に対するジレンマー現在は株式会社ゆめみで取締役CHROをされています。就任されたきっかけを教えてください。代表から直接声を掛けていただいたことがきっかけです。当時あるジレンマを抱えていたこともあって、良いタイミングでお誘いいただけたと思っています。ージレンマとはどういったものでしょうか?グロービス在籍時に、ラインの仕事と並行して、ビジネススクールや企業研修で講師を務めていました。対峙する受講者の皆さんは自分よりも年齢が高く、部下が100名とか1000名いらっしゃるような経験豊富な方々もいらっしゃいました。私自身、経営について体系的に学び、その知識もあるので、教えることはできます。しかし、少数のチームマネジメントしか経験のない自分が経営を教えることに、「それで良いのだろうか」とジレンマを抱えていました。そんなタイミングに、現在のゆめみの代表から経営メンバーとして参画しないかとお誘いをいただいたのです。せっかくの機会だということ、そして感じていたジレンマを解消して、講師としての力量も上げられるのではないかという希望も感じました。講師という仕事は自分のライフワークだと思っています。今もありがたいことに、グロービスで講師活動を続けさせていただいています。新しい日本的経営・人事の在り方を打ち出していきたいーこれまでのキャリアを振り返ってみて、どのように捉えていますか?よく使われる表現ではありますが、「点と点が繋がっている」感覚があります。小さい頃からの人への関心、システムに関する知見、コンサルティングや経営・人事に関する専門性、それらが現職で統合されたようなイメージです。ーキャリア形成に対して、太田様の考え方や実際の意思決定の在り方を伺っても良いですか?戦略的に考えつつ、その場その場で判断することも多いです。まずは、「こう在りたい」と考える将来像を設定し、そのために必要な経験は何かを言語化します。そうすれば、その経験を取りにいくための選択をすることができます。グロービス時代にデジタル部門に異動申請をしたのも、デジタル化の流れは不可避であり学ぶ必要性を感じたからですし、経営を教えるためには経営に携わらなくてはいけないと判断したからグロービスを飛び出しました。ー太田様が望む将来像とは一体どういったものですか?最終的にこういう価値を出したいという観点でお答えすると、「日本なりの人事の在り方・経営の在り方を打ち出したい」と言う根源的な欲望があります。「人的資本経営」「戦略人事」「ジョブ型」「エンゲージメント」。最近よく耳にするこれらの言葉は、諸外国の考え方を日本にそのまま取り入れようとしているに過ぎません。しかし、海外と日本では雇用制度も文化も違うので、そのままではうまく行かないと考えています。流行に流されてしまっている側面もあると思うので、そこを是正しつつ、日本の強みを活かした新しい経営・人事の在り方を打ち出したいと考えています。今の日本を、次の世代に渡したくないーNewsPicks Expertの活動についても触れさせてください。どうしてエキスパート活動を継続されているのですか?日本人として、日本を良くしていきたいという志があり、失われた30年を、この先、40年・50年と伸ばしたくないと思っています。そこでキーになってくるのは「人材」。もっと言えば「知見」だと捉えています。残念なことに、多くの企業やビジネスパーソンは、自身の知見を外に発信せずに閉じてしまっているのが現状だと考えています。しかし、それでは何らイノベーションは起こりません。日本復興の鍵は、知の還流にあります。個人がこれまで培った経験も、普通のことに思えて案外ユニークであることもしばしばあります。それを個人単位でも他者と共有し、世の中に貢献していけると良いと思うので、そのためにもエキスパート活動を行っています。ーエキスパート活動におけるメリットを教えてください。自分にとってのメリットの一つは「経験の棚卸し」となることです。企業経営に携わっていると、日々ものすごい勢いであらゆることが過ぎ去っていき、振り返るための時間が無かったりします。その中で、クライアント様からの質問に対して、回答を整理して言語化する行為が、現在地を確認することに役立っています。もう一つは「新たな視点を獲得できる」点です。クライアント様との会話を通じて新たな視点を得ることもあるんです。「こういう視点で捉えることもできるんだな」と新たな発見が得られると、実務でもそれが活かされ、より多面的に物事を捉えることができています。ー最後に、エキスパート活動に関心のある方に向けて一言いただけますか?「何も考えずに踏み出して欲しい」と思っています。「何も考えない」というのが大事です。変に考え始めると、動けなくなってしまいますから。外に目を向け、とにかく一歩踏み出し、目線を上げ、違う景色を見てみると、物の見方が変わってきます。それによって今の自分に足りないことを確認でき、新たな成長の方向性が見えてくるはずです。同じ環境の中にずっといてしまうと、視野が狭くなりますので、そういう方にこそ、何も考えずに一歩踏み出していただくことが大事なのではないかと思います。動かないと何も起こらないですからね。ー本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。人事領域のエキスパートとして、今後ともよろしくお願いします。