事業開発キャリアの土台にもなる、研究所での学びー入社されてから約34年間、花王株式会社一筋でキャリアを歩んでこられています。入社をされた背景から教えてください。私が高校生の頃、石油化学や繊維化学の産業が大きく発展していく時代でした。光ファイバーをはじめとした魅力的な製品が生み出され、情報化社会へと変化していく中、化学に関心を持つようになりました。大学では工業化学分野を専攻し、大学院では主に生化学に近い有機化学の分野で、「リポソーム」という生体細胞に近い構造を持つカプセルの研究を行なっていました。リポソームは二分子構造で、衣類の洗浄剤などに使用される界面活性剤と似ています。当時、花王が最も界面活性剤を研究している企業だったため、入社を希望して内定をいただいたという背景です。ー「東京研究所」に約9年間、研究者として在籍されていますが、どういったことを研究されていたのでしょうか?大学院で取り組んでいた基礎化学の領域を飛び越え、花王ではより商品開発に繋がる応用研究に携わりたいという思いがありました。そして実際に、化粧品を作るために必要な皮膚科学全般や、毛髪の研究などに取り組んだ9年間でした。そこで学んだ知見は、現在の商品事業開発での仕事にも非常に役立っています。ー2000年以降からスキンケア商品の開発部門に異動されましたが、仕事内容は大きく変わりましたか?そうですね。あらゆる関係者を巻き込んで、商品の開発から販売までをプロデュースする、旗振り役のような立場へと変わりました。商品の中身・容器・生産、それぞれの分野の関係者と連携を図り、様々な技術や人の力を集結させる役割であるため、人を巻き込んでいくことの大切さやノウハウが身についていったと感じます。また、研究所にいた頃は、容器や生産技術に関する知識は全くなかったのですが、そういった知識も必要となります。パッケージ印刷に関する知識がないと協力会社との話し合いがスムーズに進まないですし、量産化がうまくできない原因が何なのかという生産技術に関するポイントを抑えておくことも大切です。ですので、わからないことは社内外の専門家や取引先の方に聞いたり、自分で勉強したりしながら、だんだんと知識や経験を積んでいきました。そうすると、関係者との関わり合い方もより良くなっていきましたし、今でもお世話になった方々には感謝しています。一つの分野で改善を積み上げる、「深さ」のあるキャリアーこれまでの花王のキャリアを振り返ってみて、どのように感じておられますか?先ほどもお伝えしたように、研究所時代に学んだ知見や経験は、事業部門に移ってからも商品開発のベースとなっています。製造やパッケージなどの新たな知識を広げていくための苦労も当然ありましたが、異動後も比較的うまく適応していけたと思います。事業部門への異動当初は「タイミングが少し早かったかな」と感じたこともありましたが、今振り返ると良いステップアップだったと思います。そして、おおよそ25年もの間、商品事業開発に携わってきています。弊社の中で見ても、そのようなケースは多くありません。また2000年以降、携わる商品のカテゴリーも大きく拡大しました。最初に関わった商品に対しても、その後何十回と改良にチャレンジできる環境にいられたことが、やりがいに直結していると思います。転職したり違う分野に移ってキャリアアップするケースもあると思いますが、私の場合は同じ分野の中で改善を積み上げ、そこで得たノウハウをまた違うカテゴリーの商品に応用していくというやり方を通じてキャリアやスキルを伸ばしてきました。ある意味、「深みのあるキャリア」ではないかと考えています。一番思い入れのあるブランドはありますか?ビオレは来年で45周年を迎えるのですが、その歴史の半分以上も携わってきているため、特に思い入れがあります。中でも、2001年に初めて発売開始された日焼け止めの「ビオレUV」は、思い出深い商品です。事業部に異動して初めて携わった商品でもあります。当時、日焼け止めの分野はそれほど期待されておらず、競合もたくさんいる業界ですので、不安が大きかったことを覚えています。現在では、国内トップブランドとなり、グローバルでも成長を遂げることができました。ここまで来るのに20年くらいかかってしまいましたが、その中でたくさん試行錯誤を重ね、一生懸命向き合い続けた商品だと言えます。お客様の行動を徹底観察し、商品開発に活かすー商品開発における裁量は大きかったのですか?そうですね。非常に自由度は高く、また提案した内容が通らなかったことはあまりありませんでした。それも、これまで「お客様をよく観察する」ことを徹底してきたからこそだと思います。世の中や生活者の変化をうまくキャッチすることを訓練してきたことで、次の商品のアイデアを生み出すことができましたし、社内における信頼醸成と共に、提案内容は自信を持って作り上げることができました。ー「お客様を観察する」とは、具体的にはどういうことをされているのでしょうか?基本的には現場を見るのが一番です。他にも調査の方法はあると思いますが、割とバイアスがかかった状態で、ユーザーが無理に答えを絞り出すケースがあります。製造現場も含め、色んな現場に直接足を運んでお客様やユーザーの何気ない行動を観察することで、新たな課題の発見や商品開発のアイデアに繋がることがあります。私生活においても、食品・家電・洋服など、あらゆるジャンルの売り場でお客様の様子を見るようにしています。一例を挙げると、コロナ以降、華やかな色のヘアカラーをつける方が増えました。それによってファッションもメイクも変わっていく。そういったことを社会変化と捉えて、色々自分なりに考察してみるわけです。人の意識が変わると生活や行動様式が変化するので、自分を取り巻く環境に対してアンテナを張るようにしています。そこから気付きが得られる体験は、純粋に楽しいです。ヒット商品作りの鍵となる「知覚品質」ー花王らしさや変わらない価値作りのために意識されていることは何でしょうか?最も大事になるのが「知覚品質」です。その商品を使ってみて、「使用感が良い」「使い勝手が良い」「便利だ」と感じてもらえるかどうかが、とても重要です。それは、その商品のターゲットとなる層にシャープに当て込むことに加え、ターゲット以外の人たちにも価値を届けられるということを意味します。例えば、20代前半女性向けの商品を開発するとした際、ターゲットとなる人口はせいぜい500万人ほど。そのうち、1〜2%程度の方が購入いただけたとして、5〜10万個売れるかどうかの範囲です。ただ、我々はマス向けの商品を扱うため、100万個を一つの基準としており、それよりも売れないとビジネスとして成り立ちません。ということは、残りの90〜95%は、ターゲット以外の人たちが使える商品かどうかで決まってくるわけです。そう考えた時に、「誰もが感じられる価値」が商品にとって重要な要素になってきます。逆に、そこをしっかりと作り込むことができれば、ターゲット周辺の人たちはついてくると考えています。ー2024年12月4日発売の「日経トレンディ」のインタビュー記事を拝見し、そこで「社会貢献」について語られていましたが、今のお仕事を通じて実感は得られていますか?実感しています。言い換えみたいなものでもありますが、ヒット商品を作ること・売上が高いブランドを持つことは、多くの方々に使っていただけているという証拠です。我々の送り出す商品によって、「お客様の生活レベルや衛生レベルが上がってきている」というふうに捉えておりますので、メーカーとしての社会貢献はある程度果たせていると考えております。まだまだ、これからも挑戦は続けていきたいとも思っています。競合や外部企業と連携した、新たな価値作りー今後のキャリアについて、どのような展望をお持ちですか?今では、自分自身が商品設計に関与することは減ってきており、その領域は若手メンバーがどんどん引っ張っていってくれれば良いと思っています。私としては、主に外部企業との連携を推進しているため、さらにその領域を強化していきたいと考えています。背景には、コロナの影響が大きくあります。コロナ以降、お客様の生活が変わり、我々の働き方自体も変化してきました。従来のように、新製品を導入することで事業価値を生み出すという発想では、立ち行かなくなってきたということが言えます。「いかに外部と協業しながら競争力のある物作りをしていけるか」という考え方にシフトしてきていますね。最近では、ESG・SDGsとの関わりも深くなってきており、同業界の他社様と連携してプラスチックのリサイクル問題に取り組んだり、より良い商品を作るために原材料の調達や製造における外部連携も加速させています。情報収集のためのエキスパート活動ーNewsPicks Expertでのエキスパート活動を始められたきっかけは何だったのでしょうか?登録の案内を御社からいただいたと記憶しています。それが2022年頃で、コロナの影響があり行動が制限されていた時期でした。まさに外部環境の変化が分かりづらくなっていて、「他の企業が何を考え、何に悩んでおられるのかよくわからない」という悩みを抱えていたタイミングでした。NewsPicks Expertに登録したら、色々な会社の現状や意見を聞く機会が得られるのではないかと思ったので、登録させていただきました。ー実際の案件対応についていかがですか?専門性のど真ん中というよりも、周辺領域のテーマに関する案件依頼が多い印象です。例えば、ESGについても一番の専門領域ではないのですが、本業の仕事で繊維業界や原材料メーカーの方とお話しした内容が回答に役立つというケースが割とあります。それに、むしろその方が良いなと思っています。報酬を得ることよりも、企業がどんなことに課題を持っているのか情報収集できることをメリットに感じ、エキスパート活動に取り組んでいますね。そこで得られた気付きを本業に持ち返ることもできます。ーエキスパート登録に関心を持つ方々へメッセージをお願いします。「ビジネススキルを磨くための予備校」みたいな捉え方で、気軽にやってみたら良いと思います。私自身は、「副業をしている」という意識は少なく、「NewsPicks Expertというサービスの枠組みの中に入って、色んな方の意見を聞いている」という意識で続けています。長い目で見た時に、そういった知的活動で得られることのメリットがあると思うので、その点からもおすすめしたいです。ー来年2025年はビオレ生誕45周年の年です。どんな一年にしていきたいですか?これからの50年・100年先に向けて、お客様の変化や世の中の潮流を見逃さず、いつの時代も社会に寄り添えるブランドとなれるような仕掛けや仕込み作りに挑戦していきたいと考えています。ーますますの発展を期待しております。本日はありがとうございました!