価値の鮮度を保つために、早すぎる決定をやめたら、最新情報を届けられるようになった - 上林昭 / #引き算の仕事術

公開日: 2026-02-24

「#引き算の仕事術」とは、仕事やキャリアの中で「やめたこと・減らしたこと」という選択を、各業界で実務に向き合うNewsPicks Expertのエキスパートが言語化し共有する寄稿企画です。

意思決定のプロセスや基準を減らすことは、決断疲れや優先順位の混乱を整え、明確なトレードオフを伴う納得感のある選択につながります。

本記事では、決め方や基準をどのように見直してきたのか、その葛藤と変化、そして1週間で問い直せる実践の視点までを、グリサン 主宰の上林 昭氏の経験からひもときます。

判断基準を研ぎ澄ますことで、迷いに振り回されない意思決定の軸が見えてきます。

EXPERT

価値の鮮度を保つために、どんな意思決定プロセス・基準・情報をやめた/減らしましたか?

常に最新の価値を提供し続けるために、数ヶ月前にスライドや進行を「完璧に確定させる」という事前の意思決定プロセスをやめました。

私は現在、人間中心設計(HCD)専門家やワークショップデザイナーとして、企業や大学で研修を行っています。以前は、数ヶ月前から入念に準備を行い、当日のシナリオを完璧に固めることがプロの仕事だと信じていました。

しかし、日本画像学会のシンポジウムで生成AIをテーマにしたワークショップを担当した際、その「早すぎる確定」を捨てる決断をしました。生成AIの世界は進化が凄まじく、情報は牛乳のようにすぐに鮮度が落ちてしまいます。早く決めてしまうと当日には内容が古くなるため、大枠の骨子だけを決め、具体的な事例やデモの内容はあえて「ギリギリまで決めない」ことにしたのです。

その状態が続いていたことで、判断の遅れや質の低下はどのように生じていましたか?

事前にすべてを確定させる安心感を優先した結果、参加者に対してすでに鮮度が落ちた「古い価値」を丁寧に届けてしまうという本末転倒な事態に陥るリスクがありました。

たとえば、学会で半年前に行った生成AIのワークショップが好評だったため、同じような「初心者向けの成功パターン」を再演しようと計画したことがありました。

しかし、たった半年でAIの機能は大きく進化し、参加者の利用率やリテラシーも上がっています。数ヶ月前の時点で「これでいこう」と早く決定してしまうと、当日になって「今の状況に合っていない」と気づいても軌道修正が困難です。

早く意思決定をして準備を終えることは自分自身の安心にはつながりますが、参加者にとっては陳腐化した情報を受け取ることになり、結果として提供する価値の質が著しく下がってしまうと痛感しました。

その判断を見直す際に、最後まで捨てきれなかった基準や期待、トレードオフは何でしたか?

最後まで捨てきれなかったのは、「完璧なリハーサルに基づく安定運用」という安心感です。そしてトレードオフになったのは、「当日の進行がどうなるか分からない」という強烈なプレッシャーでした。

事前に内容を決めないということは、事前の入念なリハーサルができないことを意味します。特に学会のシンポジウムは会場とオンラインのハイブリッド開催であり、ただでさえオペレーションが複雑でした。理屈の上では「生成AIのワークショップなのだから、最新情報を届けるために直前まで粘るのが正解だ」と分かっていました。

しかし感情的には、前日の深夜になってもスライドが完成していない状況に、「もし当日事故が起きたらどうしよう」「プロとして不完全な準備で登壇して良いのか」と、長年製造業のエンジニアとして培ってきた「失敗してはいけない」というDNAが強く働き、非常に葛藤しました。

やめる・減らす判断をしたことで、今はどんな基準やルールで意思決定できるようになりましたか?

現在は、「目的(What/Why)は早く決めるが、手段(How/具体的なコンテンツ)はあえて直前まで決めない」という暫定ルールの下で意思決定をしています。 すべてを無計画にするわけではありません。

ワークショップの骨子や「参加者に何を持ち帰ってもらうか」という目的、そして当日の制約条件は早めにしっかりと固めます。その上で、そこで使う具体的なスライドの事例やAIのデモ内容は、当日の朝まで意図的に「仮」にしておくのです。AIの進化が激しく不確実性が高い時代ですが、反面、AIを「共同制作者」として活用すれば、ギリギリの判断でもスライドや構成を瞬時に形にできる(なんとかなる)時代でもあります。

当日の朝、最新のニュースを収集し、NotebookLMのようなAIツールにリアルタイムでまとめさせる。

この「遅く決めること」をギャンブルではなく、鮮度を取りに行くための戦略的な工程設計として組み込むことで、迷いなく意思決定できるようになりました。

もし意思決定・判断に迷っている人がいるとしたら、今すぐ1週間で問い直すとよい具体的なポイントは何だと思いますか?

もし意思決定に迷ったときは、今すぐ手元の仕事について「この決断は、最後まで引っ張ったほうが価値が上がるものだろうか?」と問い直してみてください。 私たちは往々にして、「早く決めてスッキリしたい」「安心したい」という自分自身の感情のために、早すぎる意思決定をしてしまいがちです。

しかし、変化の激しい現代においては、状況が直前で変わることが当たり前です。今抱えているタスクを「目的やターゲットなど、早く決めるべきもの」と、「具体的なやり方や事例など、ギリギリまで決めない方がいいもの」に仕分けしてみてください。

「決めない」ことは単なる放置ではなく、アウトプットの鮮度や質を最大化するための立派な戦略です。

この視点を持つだけで、焦って判断するべきか、あえて待つべきかの基準がクリアになるはずです。


本記事は、NewsPicks Expertに登録する各業界のエキスパートが、自身の経験から「やめたこと・減らしたこと」を言語化する寄稿企画「#引き算の仕事術」の一編です。

思考や意思決定、専門性、マネジメントといった多様な視点からの寄稿は、以下の一覧ページよりご覧いただけます。
https://newspicks.expert/media/category/subtraction-workstyle

こうした経験の言語化は、日々の実務の中で積み重ねられてきた知見そのものでもあります。本記事を通じて生まれた視点や問いが、これからの働き方やキャリアを見つめ直すきっかけとなり、それぞれの現場での新たな選択へとつながっていくことを願っています。

実務の中で培われた経験は、言葉にして共有されることで、企業の中で意思決定を担う人を支える知見へと変わります。こうした知見が生まれる場についても、続けてご紹介します。

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