専門性を守るために、どんな役割・案件・領域への関与をやめた/減らしましたか?私は製造業のエンジニアなのですが、私がやめたのは、「頼まれたら基本的に断らない」という、便利なエンジニアとしての立ち位置です。キャリアの最初の頃は専門外の仕事であっても、短期的な人手不足の穴埋めや、誰かがやらなければ止まってしまう雑多な業務まで、極力引き受けるようにしていました。いわゆる「便利屋」です。当時は、それが良いと思っていました。実際に現場は回るし、感謝もされる。組織にとって必要な存在である実感もありました。一方で、その状態が長く続くにつれて、違和感が蓄積していきました。自分がどの領域で価値を出しているのかが、周囲にも自分自身にも曖昧になっていったのです。成果は出しているはずなのに、「専門家として何を期待されているのか」が見えなくなっていく感覚がありました。決定的だったのは、専門的な判断が求められる場面でも、「詳しい人」ではなく「何でもやってくれる人」として呼ばれていると気づいた瞬間です。そのとき初めて、これは足し算ではなく、専門性を削って成り立っている状態だと理解しました。便利屋は器用貧乏でもあるのです。それ以降、短期的な穴埋めや、自分でなくても成立する役割への関与を意識的に減らしました。引き受けない判断には迷いもありましたが、専門性を守るためには、便利さを手放す必要があると考えるようになったのです。その関わり方を続けていたことで、本来出したかった価値や専門性が薄れていると感じた場面はありましたか?ありました。会社や周囲には重宝されているのに、自分の専門性が正しく使われていない、評価されていないと感じる場面が増えていきました。重宝されるが評価されない。そう、まさに器用貧乏エンジニアです。「専門家ほどではないが、何でもできる」は、裏を返せば「何の専門性も無い」です。もっと厳しく言うと「何もできない」とイコールだと思います。「このまま続けると器用貧乏で何も尖ったところの無い『穴埋め要因』」になるという危機感を覚えました。私は制御設計者です。製造業の制御設計の範疇は広いです。全てを極めるのは不可能です。どこかに自分の旗を立てる必要があります。旗を立てることで専門家としてのポジションが形成されていきます。「周りから重宝されるから」という理由や、欲張ってあれもこれも手を出すと、自分の専門性や希少価値が落ちていきます。手放す際に「もったいない」と感じた点や、周囲の期待とのズレ、トレードオフは何でしたか?正直に言えば、手放すことには強い「もったいなさ」がありました。便利なエンジニアでいることで、仕事は途切れず、声もかかり続ける。短期的には評価も安定し、人間関係も円滑でした。それを自分から減らす判断は、合理的とは言い切れない面もあったと思います。特に大きかったのは、周囲の期待とのズレです。「何でも分かってくれて、何でも対応してくれる人」という役割は、現場にとっては非常に都合が良い。そこから一歩引こうとすると、「前はやってくれたのに」「そこまでやらないのか」という空気を感じることもありました。期待に応え続けることで築いてきた信頼を、自分から壊してしまうのではないかという不安もありました。トレードオフとして意識していたのは、短期的な評価と安心感です。便利な立ち位置にいれば、成果は見えやすく、感謝もされやすい。一方で、専門性に立脚した仕事は、成果が出るまで時間がかかり、評価も間接的になりがちです。目の前の評価を取りに行くか、長期的な価値を守るか。その選択には迷いがありました。それでも最終的に引き算を選んだのは、「今の評価を失うこと」よりも、「専門家として判断できなくなること」のほうがリスクだと感じたからです。便利さを手放すことは痛みを伴いましたが、その痛みを引き受けない限り、専門性は守れないと腹を括りました。手放したことで、今はどんな専門性や価値の出し方に集中できていますか?便利な役割を手放したことで、今は「どう作るか」よりも「どう設計すべきか」「どこに線を引くべきか」という相談に集中できるようになりました。具体的には、個別の実装や調整作業ではなく、装置やシステム全体を前提にした判断や構想設計のフェーズで声がかかることが増えています。以前は、「この部分を直してほしい」「この設定を調整してほしい」といった依頼が中心でした。今は、制御の専門家として、「この構成で本当に成立するのか」「制御ロジックをどう構築すべきか」「将来の拡張を考えると、どこまでを今決めるべきか」といった、正解が一つではない相談が多くなっています。自分の価値の出し方も変わりました。手を動かして成果を出すのではなく、判断の質を上げることでプロジェクト全体の失敗確率を下げる。その役割に集中できるようになったことで、結果的に関わる範囲は狭くなりましたが、影響範囲は広がったと感じています。専門性とは、できることの数ではなく、「どんな判断を任されるか」だと、今ははっきり言えます。便利さを引き算したことで、自分が本来発揮したかった価値に、ようやく集中できるようになりました。もし「自分の価値が分散している」と感じている人がいるとしたら、今すぐ1週間で見直せる具体的なポイントは何だと思いますか?一番効果があるのは、転職市場に一度身をさらし、自分の人材価値を客観的に測ることだと思います。社内評価や現場での感謝は心地よいですが、それが市場価値と一致しているとは限りません。例えば製造業の制御系エンジニアの場合、PLCプログラムが書ける人材は数多く存在し、求人数も多い一方で、給与水準は上がりにくい傾向があります。供給が多く、代替が効くスキルだからです。逆に、求人数は少なくても、条件に合致すれば高く評価されるスキルや経験も確実に存在します。どこに集中すべきかは、社内ではなく市場が教えてくれます。具体的には、実際に履歴書や職務経歴書を提出し、応募してみることをおすすめします。費用はかかりませんし、転職する意思がなくても問題ありません。もし評価されるなら、それは自分の強みを再確認する材料になりますし、想定以上に条件の良い話が出てくれば、そのとき改めて判断すればいい。年に一度、自分のキャリアの健康診断として転職市場に触れてみる。それだけでも、「この仕事は本当に自分がやるべきか」を考える、良い基準になるはずです。本記事は、NewsPicks Expertに登録する各業界のエキスパートが、自身の経験から「やめたこと・減らしたこと」を言語化する寄稿企画「#引き算の仕事術」の一編です。思考や意思決定、専門性、マネジメントといった多様な視点からの寄稿は、以下の一覧ページよりご覧いただけます。https://newspicks.expert/media/category/subtraction-workstyleこうした経験の言語化は、日々の実務の中で積み重ねられてきた知見そのものでもあります。本記事を通じて生まれた視点や問いが、これからの働き方やキャリアを見つめ直すきっかけとなり、それぞれの現場での新たな選択へとつながっていくことを願っています。実務の中で培われた経験は、言葉にして共有されることで、企業の中で意思決定を担う人を支える知見へと変わります。こうした知見が生まれる場についても、続けてご紹介します。