変化を受け入れ続けるために、どんな考え方・情報源・習慣をやめた/減らしましたか?歴史を少しばかり俯瞰するだけでも、近現代で見るだけでも変化のない時代はないし、変化が激しくなかった時代はなかったように感じます。その中で変化に耐えるよりは受け入れていく方が健全な姿勢だと思い、どのような行動が必要なのかという課題を公私ともに中年期を迎え、感じる機会が多くなりました。そのような課題感を感じながら、自分なりに時折考えてきました。そして最近は自分の中で、小学生でも理解できることではあり、お恥ずかしい話ですが、何かを加えるには何かを減らさなければ溢れ出てしまうという発想に至りました。両手で物を持っていれば、これ以上何も持てないのと同じように、(腕で抱えれば、まだ持てるなどというマッチョな方は、可能であればそれもいいかとは思いますが)何かを行動に加える前に何かを手放すことが必要ではないかと自分なりに腹落ちしております。そして、大前提となる思考の癖として拘泥を手放すこと。拘らないことに拘ることに行きつきました。それを続けていたことで、視点の偏りや意思決定の歪みはどのように生まれていましたか?私自身も業務上で新規施策などを考えることが多くありますが、その過程において自分の中で自分なりに考え抜いて一つのアイデアから事業にまで昇華をさせて、提案をしてきました。しかしながら、様々な情報などを基に作成したとしても所詮は一個人のアイデアから作成したものに完全無欠なものはなく(私個人の能力の問題であり、世間では完全無欠なアイデアや事業も多数あるのかもしれませんが)、上長への説明の段階や実装の段階でご意見をいただく機会がありました。その際に相手からの貴重なフィードバックに真摯に向き合いきれない自分がいた気がしています。これは、これまでの作成過程の苦労というバイアスがかかり、本来の事業の価値を高めるために不要な思考に偏っていたことが機会損失につながってしまっていました。こういったサンクコストは自分には公私ともに大小様々な場面で存在すると感じております。やめる・減らす判断をする際に、最後まで手放しづらかった考え方や立場、失うと感じたメリットは何でしたか?最後まで手放しづらかったというよりは、いまだに手放せているかどうかわからないくらい難しいことだと感じております。そのため、先ほどのQ1に挙げさせていただいた拘らないことに拘ることすら拘ってはいけないのかもしれないと感じております。例えば10回の拘りのシーンがあり、その1回が手放せただけでも良しとする程度にハードルを下げて、徐々に打率を上げて願わくば最盛期のイチローばりに4割を夢見れる状態になれば世界に名を馳せられるのではないかと勝手に夢想するなど誰にも迷惑をかけない形で歩みを進められればと最近は感じております。そして、いざ手放してみるとアイデアを早い段階で周囲に相談ができるようになり、周囲の貴重な意見も、批判としてではなく前向きに捉えて反映したり軌道修正ができるようになったと感じております。手放したことで、問いの立て方や物事の見え方、行動や成果はどのように変わりましたか?先ほども少し触れさせていただきましたが、アイデアを事業化する際に、早めに周囲へ説明できるようになり、時間的制約も緩い段階で壁打ちや意見聴取ができ、軌道修正や撤退の判断も負荷の少ない状態で行えるようになりました。自分のアイデアを他者に説明できるようにするまでは拘りますが、他者に触れた瞬間にそれを手放すことにより、意見もフラットに聴ける上により良い成果に繋げられるので、拘りを手放す効果はとても大きく感じています。アイデアには何も価値はなく形となって初めて価値が生まれるというごくごく当たり前の発想に当事者である自分がいたれるかは、(あくまで私個人の主観的感想である前提ですが)頭で考えるよりも難しいことではありますが、こういった発想もしくは、さらに高尚な発想の方が良い施策を作成されているのだろうな、と思います。また、そのために組織があり起案者と査定者に分かれているのかなとも思います。もし今、視野や問いが狭まっていると感じる人がいるとしたら、今すぐ1週間で見直せる具体的なポイントは何だと思いますか?私自身ができているとは言い難い中ではありますが、同じ悩みを抱えて試行錯誤している中で思うことを列挙させていただきます。視野や問いが狭まっている時には、今すぐで言えば、自分であればその場を物理的に一旦離れる。または、大きく口からゆっくりと息を吐く。以上の2点を行います。可能であれば、トイレでもなんでも座席を変えるでも、物理的に環境を変えると視野はリセットされるので思ったよりも効果があります。そして、それすら時間がなければ呼吸に意識を向けることです。マインドフルネスの発想かもしれませんが、無意識に行っている呼吸に意識的になるだけでも視野はリセットされると思っております。そして、1週間という時間軸で見直せるのなら、一旦よく寝るのがおすすめです。アイデアも自分も寝かせて翌朝になると、昨日までの煮詰まった感が嘘のように解決することが間々あります。一個人の感想ですが、夜の疲れた頭で考えても不安ばかりが先行して暗礁に乗り上げがちです。「今の自分なら、まず何を疑うのか」という視点で言えば、他者や環境、ひいては自分の能力を疑う前に自分コンディションを疑う方が健全な気がしております。書き綴りながら、面白くもなく革新的でもなく、刺激的なポイントでもないので申し訳ありませんが、このようなことを感がるようにしています。本記事は、NewsPicks Expertに登録する各業界のエキスパートが、自身の経験から「やめたこと・減らしたこと」を言語化する寄稿企画「#引き算の仕事術」の一編です。思考や意思決定、専門性、マネジメントといった多様な視点からの寄稿は、以下の一覧ページよりご覧いただけます。https://newspicks.expert/media/category/subtraction-workstyleこうした経験の言語化は、日々の実務の中で積み重ねられてきた知見そのものでもあります。本記事を通じて生まれた視点や問いが、これからの働き方やキャリアを見つめ直すきっかけとなり、それぞれの現場での新たな選択へとつながっていくことを願っています。実務の中で培われた経験は、言葉にして共有されることで、企業の中で意思決定を担う人を支える知見へと変わります。こうした知見が生まれる場についても、続けてご紹介します。