価値を変革し続けるために、どんな考え方・情報源・習慣をやめた/減らしましたか?私がやめたのは、目の前の課題を個別に処理する「点の解決」と、外部から変革を促す「支援者」という立場への安住である。かつて私はロボットベンダーのプロジェクトマネージャーとして、特定の業務を自動化したり、単体のプロジェクトを完遂させたりすることに注力していた。それはそれで価値ある仕事だが、あくまで局所的な「点」の最適化に過ぎないことに気づいたのである。どんなに優れたツールを導入しても、企業全体の業務プロセスやデータ構造が分断されていれば、真の価値は生まれないからだ。そこで私は、特定の課題を撃ち落とす「対症療法」的な習慣を減らし、代わりに組織全体を一つの有機的な「システム」として捉える思考へとシフトした。具体的には、単にツールを売る・導入するのではなく、事業会社の中に入り込み、経営・IT・現場という異なるステークホルダーの間に立って、データガバナンスや業務プロセスといった「構造そのもの」を作り変える道を選んだのである。これは、既成の枠組みの中で正解を出すことよりも、枠組み自体を再構築する「社会システム・デザイン」の実践への転換であった。それを続けていたことで、視点の偏りや意思決定の歪みはどのように生まれていましたか?「点の解決」を続けていた当時は、物事を「原因と結果」の直線的な関係(リニアな思考)だけで捉える歪みが生じていた。例えば、「売上が伸びない」という事象に対し、「営業ツール(ロボットなど)を導入すれば解決する」という短絡的な思考に陥りがちであった。これは横山禎徳氏が指摘する「問題の裏返し」を対策とする罠そのものである。本来見るべきは、なぜ売上が伸びない状況が構造的に続いているのか、組織内の評価制度や部門間の情報の断絶がどう「悪循環」を生んでいるのかという、因果のループ(循環)である。しかし、支援者として「点」の成果を求められる立場にいると、どうしても短期的なROI(費用対効果)や納品完了といったわかりやすい指標に意識が固定化される。その結果、組織の深層にある「中核課題」——例えば、長年放置された顧客コードの不統一がもたらすデータ品質の低下など——が見えなくなっていた。合理的だと思っていた個別の最適化が、実は全体として見ればシステムの複雑性を増し、かえって組織の変革を阻害する「合成の誤謬」を招いていたのである。やめる・減らす判断をする際に、最後まで手放しづらかった考え方や立場、失うと感じたメリットは何でしたか?最も手放しづらかったのは、「スペシャリストとしてのわかりやすい成果」と「外部支援者としての安全な距離感」である。前職では、個人の売上目標を達成し、社内初の大型案件を成功させるなど、目に見える成果を上げることで確かな評価と自信を得ていた。特定の領域(ロボット導入)における専門性は、自分自身のアイデンティティでもあり、それを手放して、ドロドロとした人間関係や利害調整が渦巻く事業会社の内部(当事者)に飛び込むことには、正直なところ恐怖もあった。外部の支援者であれば、提案はしても、最終的な組織変革の痛みを伴う責任までは負わなくて済むという「心理的な安全性」があったからだ。また、法学部出身の私にとって、既存のルールや法を解釈・適用することは得意分野であり、そこから逸脱してゼロから仕組みを「デザイン(構築)」する作業は、未知の領域への挑戦でもあった。完成されたルールの中でハイスコアを出すという「安定への妥協」を捨て、泥臭い「実装の現場」で傷つくリスクを取ることは、それまで積み上げてきたキャリアの連続性を断つような喪失感を伴う決断であった。手放したことで、問いの立て方や物事の見え方、行動や成果はどのように変わりましたか?「点の解決」を手放したことで、問いの立て方が「どう処理するか(How)」から「なぜその悪循環が起きているのか(Why)」という構造的な問いへと根本的に変化した。現職のDX推進において、私は単なるシステム導入ではなく、「顧客マスタの整備」という地味だが本質的な課題に着手した。これは、バラバラの事象の背後にある「中核課題」を特定し、そこから新しい「良循環」を設計するアプローチである。データを単なる記録ではなく、組織を繋ぐ「共通言語」として再定義し、対立していた部門間を「協創構造」へと転換させたのである。行動面では、机上の空論ではなく、現場担当者から経営層までを巻き込んだ「合意形成」に最も時間を割くようになった。データマネジメントの知識(Knowledge)を振りかざすのではなく、現場の文脈に合わせた運用(Skill)に落とし込み、最終的には組織全体の意志(Wisdom)として定着させる「身体化された判断」を重視するようになったのだ。 その結果、週次報告工数を9割削減といった定量的な成果だけでなく、データに基づいた迅速な意思決定が可能になるという、組織の「体内時計」を早める質的な変革を実現できた。もし今、視野や問いが狭まっていると感じる人がいるとしたら、今すぐ1週間で見直せる具体的なポイントは何だと思いますか?もし今、閉塞感を感じているなら、自分の仕事における「繰り返される不都合」に着目し、その因果関係を紙に書き出してみることをお勧めする。具体的には、今週発生したトラブルやうまくいかなかったことに対して、「誰かのミス」や「能力不足」で片付けず、「なぜそのミスが起こりうる仕組みになっているのか?」と問い直すことだ。横山氏が提唱するように、事象を「点」で見るのではなく、AがBを引き起こし、BがCを引き起こし、CがまたAを悪化させるという「悪循環のループ」を描いてみるのである。例えば、会議が長い(事象)→ 資料作成に時間がかかる(原因)→ データが散在しているから(真因)→ 各部署が独自のフォーマットを使っている(構造的欠陥)→ 共通言語がない(中核課題)、といった具合だ。 そして、自分自身がその悪循環の一部に加担していないか、あるいは「翻訳者」として部門間の断絶を繋ぐ行動が取れていないかを疑ってみてほしい。1週間、自分のタスクが「既存の悪循環の維持」に使われているのか、「新しい良循環の構築」に向けられているのかを点検するだけで、打つべき手(レバレッジポイント)が劇的に変わるはずである。本記事は、NewsPicks Expertに登録する各業界のエキスパートが、自身の経験から「やめたこと・減らしたこと」を言語化する寄稿企画「#引き算の仕事術」の一編です。思考や意思決定、専門性、マネジメントといった多様な視点からの寄稿は、以下の一覧ページよりご覧いただけます。https://newspicks.expert/media/category/subtraction-workstyleこうした経験の言語化は、日々の実務の中で積み重ねられてきた知見そのものでもあります。本記事を通じて生まれた視点や問いが、これからの働き方やキャリアを見つめ直すきっかけとなり、それぞれの現場での新たな選択へとつながっていくことを願っています。実務の中で培われた経験は、言葉にして共有されることで、企業の中で意思決定を担う人を支える知見へと変わります。こうした知見が生まれる場についても、続けてご紹介します。