コネクテッドTV対応やリアルタイム配信。挑戦をつづけるTVerの今ーー まず、自己紹介をお願いいたします。1994年に日本経済新聞社に入社しました。入社翌年がいわゆるインターネット元年で、私はSEとして入社し、日経ネットなどのインターネットサービスの開発に携わってきました。ずっと映像に関わる仕事をしたいと思っていましたので、2008年に退職して子会社のテレビ東京に転職しました。そこでインターネット全般の企画開発を任され、ほぼ一人で担当していました。その後、2015年にTVerの立ち上げ、さらにParaviという動画配信サービスの立ち上げにも関わりました。2019年には、各局担当者が集まってTVerの今後について話し合った結果、「放送局が主体性を持って運営すべきだ」ということになり、初代社長である龍宝さんと一緒に企画書を作成し、各局を回って出資をお願いして、2020年に株式会社TVerを設立。以降、取締役としてTVer事業の統括責任者を務めています。ーー TVerのサービスの特徴や強みについて、簡単にご紹介いただけますでしょうか。TVerは、放送終了から約1週間の見逃し配信や地上波放送のリアルタイム配信などを提供し、放送コンテンツの流通に挑戦しています。100局を超える放送局から2,000番組以上を配信しています。2024年8月時点では、アプリダウンロード数は7,800万、月間再生数は4.9億回に達し、パリオリンピックの配信時には過去最高数値を記録しました。認知率は72.5%とありますが、知っているものの実際には利用していない方も多くいますので、我々のマーケティング活動およびサービス開発のポテンシャルがあると考えています。最近では「コネクテッドTV」での利用が増えており、2019年から右肩上がりで1.5億回再生を超え、ユーザー全体の36%を占めています。リモコンの数字ボタンを押せば放送が見られるのと同じように、TVerのボタンをつけてアクセシビリティを高めていくなど、UXを考えながら放送の優位性について取り組んでいきたいと考えています。TVerの強みは、利用者が能動的にコンテンツを選んで視聴する点です。テレビCMに慣れている利用者も多いことから、広告に対する嫌悪感が少ないというアンケート結果もあります。また、広告注視率が高いことや広告視聴完了率が9割を超えていることに評価をいただいています。スキップできない広告に様々なお声をいただきますが、ユーザビリティは今後も改善を重ねていく必要があると考えています。総じて、TVerは、動画広告市場の成長とともに、質の高いコンテンツを提供し、利用者のエンゲージメントを高めていくことが最大の鍵だと考えています。「TVerがないとユーザーが怒る」メディア業界に起きた大きな変化ーー 2015年、TVerの登場によって、メディア業界にはどのような変化があったのでしょうか?大きく変化したのは2022年頃からです。コロナの影響もありましたが、制作者たちが「TVerでも視聴してもらいたい」と思えるほどの規模に成長したことが大きな変化だと捉えています。TVer立ち上げ当初は「放送を毀損する」という声のほうが大きかったんです。ある番組で月間再生回数1位を取った際に、その週の番組視聴率が悪かったため「お前のせいだ」と批判され、配信が中止されるということもありました。今では「TVerがなければユーザーが怒るよね」という考えになってきていて、9年前には普通に怒られていたことを考えると、ここ数年で大きな変化を感じていますね。この背景には、スマートデバイスの普及で、目の前で起こったことをすぐに世界中に共有できる、クラウドから何でも引き出せる時代になったことがあると思います。テレビの前に座らずとも動画を楽しめる環境が整っている中で、私たちは、リアルタイム視聴を強制するのではなく、ユーザーが時間、場所、デバイスを選ばずにコンテンツを楽しめる環境を提供しなければならない時代になったということです。ーー 反対する声があったとのことですが、どう乗り越えられたのでしょうか?権利問題や既得権益など様々な問題がある中、いろんな方と対話を重ねてきました。私としては、既得権益を崩すことが目的ではないですし、並走できる部分も多くあると思っています。ただ、これだけ多様な選択肢が増えていて、デバイスもコンテンツもサービスも増えている今、まったく他とカニバらないことはもはやないと思っています。例えば、放送でテーマパークのCMを流して、テーマパークに送客してしまえば、その間はテレビを見ていないのである意味カニバっています。何をやるにもカニバる時代だからこそ、この先、当たり前に起こることには当たり前のように準備するしかないですよ、という思いで進めていました。ーー 月間再生数も4.9億回、コネクテッドTVでの再生数も右肩上がりです。TVerの成功要因は何だと捉えていますか?テレビの前でなくてもコンテンツを楽しめる時代に、ユーザーに対して一定量の放送コンテンツを届けられている、ユーザーのニーズに応えられていることが大きいと思っています。権利の問題などもあり、全番組をTVerで放送できる状態ではないですが、放送自体の収益は1兆7,000億円くらいあり、業界として取りうる流通網が狭まっている中で、業界としてもTVerが当たり前と思ってもらえる大きさになってきたと思います。以前は視聴率を重視していた制作者たちも、TVerでの反響に興味を持ち始めています。番組制作者がコンテンツの評価を実感できるようになったことも後押しとなっていると感じています。パーソナライズに危機感。多様な感覚を味わえるコンテンツへーー 若者のテレビ離れが進んでいるのではないかという話もありますが、TVerの再生数の多さを見ると離れていないのではないかと感じます。いかがでしょうか。おかげさまで若者や子どもも、端末があれば観ています。インターネット上のコンテンツはパーソナライズされて好きなものがどんどん出てきて、自分にあったものを深掘りする視聴スタイルで、一方のテレビはチャンネル数が限られている中で視聴する。その点、TVerには一定のバリエーションの番組があります。ただ、テレビ番組のコンテンツも今、テレビを習慣的にみているユーザーをターゲットにして最適化するがあまり、作りが似通ってきてしまっていると感じています。TVerの棚に並べてみると、似通ったものも多くなっており、選択肢を奪ってしまっている感覚があります。従来のテレビでは、分かりやすく言えば、国民全員を7個くらいに分類して欲しいものを賄うような作りだったと思いますが、今はテレビの前にいる人の奪い合いが強すぎるかなと。こうした傾向にあること自体に私は危機感を覚えています。一定のバリエーションを取り戻すためにも、流通網を整えて、広く国民全員が一定の選択肢の中から、好きにコンテンツを選べる環境を作ること、それをTVerが担うことができたらと考えています。ーー TVerの収益モデルについて伺います。テレビのCMはスポットCMで、TVerのCMはインストリーム広告ですよね。今後の広告についてはどのように考えられていますか?インターネットの広告は昨今、コンテンツも含めてパーソナライズが進んでいます。ただ、コネクテッドTVの普及が進む中、リビングルームにあるテレビで子どもとおじいちゃんが一緒にTVerを観る、といった体験が起きています。そこでは、パーソナライズされた広告というよりも、みんなが知るべき情報が届くことが必要ではないかと考えています。テレビデバイス向けにコンテンツを作り、広告主と一緒にテレビデバイスに向けた広告メッセージを発信する、というもともとのテレビの役割が、一周まわって新たなチャンスとして生まれている状態です。テレビの場合は視聴者数が大きく変動することがない前提のもとでしたが、TVerの場合はコンテンツごとに再生数が大きく異なるため、広告ビジネスのあり方としてもテレビとは異なる視点が求められます。ここをTVerの強みにしていくポイントだろうと捉えています。ーー 今後の展望を教えてください。今後10年を見据えると、放送メディアが今まで以上に成長することは難しいと考えています。電波塔など放送のインフラにもコストはかかりますし、これからはどんどん最適化されたビジネスが出てくると思っています。インターネットにより、さらに便利なメディアが生まれる中、私たちは放送の強みを再確認し、テクノロジーとともに実現していく必要があります。最近「フィルターバブル」という言葉があるように、パーソナライゼーションが進んできています。最初から入り口で分かれている状態が多様性というように言われていることが多くなっているように感じます。ただ、私が考える多様性というのは、多くの人が同じ体験をして、多様な感覚や思いを味わい、許容しあうこと。それができるのがメディアの強みであり、実現しなくてはいけないことだと思っています。個人で発信できる時代で、質の高いコンテンツを提供し続けるためのビジネスモデルの構築も重要だと思います。そして、逆に10年、20年経っても変えるべきではないものは、ファクトチェックが行われて公共性が保たれている放送と同等の品質でコンテンツを届け続けることだと思います。テクノロジーの発展によりフェイク動画なども出てきていますが、まだまだDXが遅れているテレビ業界が、手作りで人の目でコンテンツを見て、人の目と手で広告を貼り付けているということが、ある意味強みにもなる。そこを失わないようにDXしていくことが求められると感じています。30年も経てば、放送自体が存在しない可能性も考えつつ、今後もコンテンツの質を高めるための取り組みを続けていきます。今後メディア業界で求められるのは「発想力」ーー この先、最適化されたビジネスが生まれていくだろうとのことですが、メディア業界や事業開発・マーケティング職において求められるスキルは何でしょうか?メディアや広告業界では、クリエイティビティの強さが求められると思っています。これは全員がクリエイターになれ、というわけではありません。AIなどテクノロジーがますます発展していますが、まずは定型的な仕事が置き換わっていくだろうと思いますので、人間はより発想力が求められるのだろうと考えています。例えば、動画広告や有料配信といったマネタイズ方法だけではない、新たなビジネススキームを考えられる人材が求められるのではないでしょうか。何十分という一つのコンテンツにエンゲージしていることを踏まえて、広告表現の一つをとっても様々なやり方があると思いますし、番組自体のIP化でグッズ販売やイベントなどへの展開もあるでしょう。コンテンツへのエンゲージを軸にどんなビジネススキームを作っていけるか、を考えてアイデアを実現できるようになることが求められるのではないでしょうか。ーー 蜷川様がセミナー登壇やNewsPicks Expertでの活動に取り組まれているのは、どのような背景があるのでしょうか。自分で話すことで、自分が分かっていないことが分かるということがとても大切だと思っています。実は人前で話すことはあまり得意ではないのですが、セミナー登壇などを通して、考えの違いや物事の本質に気づくことができるのが、自身にとってプラスになっています。例えば小学生から純粋な質問を受けると、大人になると常識と考えて思考を止めてしまうようなところにも気づけますね。テレビは子どもからご年配の方まで観てくださっているので、様々な場でいろんな方にお会いできることが視野を広げることにもつながっていると思います。ーー 貴重なお話をありがとうございました。登壇者プロフィール蜷川 新治郎(Shinjiro Ninagawa)株式会社TVer 常務取締役COO1971年 東京都中野区生まれ1994年 日本経済新聞社入社 インターネットサービスの開発を担当2008年 グループ会社であるテレビ東京への長年にわたる異動希望かなわず「日経一回辞めて、テレ東へ転職」 インターネットサービス全般の企画開発、システム構築を担当2013年 グループ内インターネット事業を統括する「株式会社テレビ東京コミュニケーションズ」を立ち上げ 他局などとの共同プロジェクトの立ち上げに参画(TVer、Paraviなど)2019年 「株式会社TVer」立ち上げ企画書原案を提出2020年7月 株式会社TVer立ち上げ、取締役就任 TVer事業の統括責任者2023年6月より現職※NewsPicks Expertでの活動および本イベントでの発信は所属組織を代表するものではございません【NewsPicks Expertについて】NewsPicks Expertは、「個人の知見」を「企業の意思決定」につなぐエキスパートプラットフォームです。クライアント企業から様々な相談を受け、これまでの経験や知見を活かした見解やアドバイスを伝えることで報酬を得ることができます。現役会社員が登録者の7割以上を占めており、所属企業でのお仕事を続けながら、30分〜1時間程度のスキマ時間を有効的に活用して挑戦しています。仕事で培ってきたスキル・経験・知見を、所属企業以外で活きるかを確かめてみることから始めませんか?