Q1. 2025年のNewsPicks Expert活動の中で、印象に残っている出来事はありますか?
今年で最も印象に残ったのは、AIツールを活用したバリューエーション実務に関するコメントをきっかけに、複数企業から具体的な相談をいただいたことです。特に、大手メーカーの経営企画チームとの議論は今でもよく覚えています。
その企業は複数案件のM&A検討を進めており、AIを活用してDCF・マルチプル分析の省力化に進んでおりました。しかし、担当者の方からの相談内容は意外なものでした。
AIが作る企業価値評価は速くて正確なのに、どうしても“納得感”が得られない部分がある、とのこと。
実際にAIが生成したモデルを見せてもらうと、財務データの集計や類似企業比較は非常に精緻で、手作業よりもはるかに速く・抜け漏れもない。しかし私は、モデルには抜けた重要な問いがあることに気づきました。
● 経営者はどのシナリオを最も重視しているのか
● 技術の陳腐化リスクは本当に数値に織り込めているのか
● PMIで統合が難しい組織文化の差はどう表現されるのか
● 現場から聞こえてくる不安の声が将来のCFにどう影響するのか
こうした“数字に落ちない判断要素”こそ、バリューエーション実務の精度に最も影響を与えると思います。
その後、AIモデルをベースにしつつ、担当者側が「どの部分に直感や仮説を入れるべきか」を一緒に整理したところ、企業側は
「AIの数字」と「現場実態」を結びつけられたことで初めて腹落ちしたと話をしてくれたこと。
この経験は、AIをどう使うべきかだけでなく、専門家・エキスパートとしての役割を再認識した大きな出来事でした。
Q2. その経験を通して、「自分の知見を発信すること」にどんな価値を感じましたか?
この一件を通じて感じたのは、知識やノウハウを発信する価値とは、情報を公開するだけではなく、判断の軸を提供することにあるという点です。
AI活用が進んだことで、バリューエーション実務に関するデータや計算は、誰でも短時間で手に入るようになりました。逆に、企業側の担当者は何を信じて判断すればよいのかという迷いに直面する場面が増えています。
私がお手伝いした企業の担当者からは
「モデルを見直すきっかけになった」
「稟議資料で引用した」
「社内研修に使った」
といった反応をいただきました。
実務の中でも、私はAIを積極的に活用しています。
● AIに一次案を作らせる(論点を広く洗い出す)
● 自分の経験で“本当に重要な問い”を抽出する
● 経営者・現場の温度を踏まえて最終判断を調整する
この“AI × 専門家”の二段構えが、知見発信にも深みを与えてくれています。発信した知見が、誰かの意思決定や議論の質を高めるヒントになっていること。それが何よりの価値であり、エキスパートとして活動する理由になっています。
Q3. 生成AIが発達する中で、人が提供する知見の価値はどこにあると思いますか?
AIツールが高度化する中で、実務者である私の知見はどこに価値を持つのか。私がバリューエーション実務やM&A支援の現場で感じている現時点での結論は、定量分析はAI、しかし最終判断は“人の直感と勘どころ”で決まるということかと思います。
AIは圧倒的な量のデータから最適解を導くことができます。しかし、AIは「現場の温度」や「違和感」を理解できません。私は過去のM&A案件で、決算書には見えない“微妙な違和感”によって判断が変わった場面に何度も立ち会っています。
例えば、
・面談で責任者が急に目線をそらした
・説明は完璧なのに、財務責任者だけが固まった表情をしている
・廊下を歩く従業員の雰囲気に緊張がある
・オフィスのなかが雑然としている
こうした非定量のサインが、バリューエーション実務の前提を覆すことがあります。また、この人が言うなら信じられるという“言葉の重み”は、AIには生み出すことはできません。
エキスパートの知見には、
・過去の成功/失敗
・修羅場での判断
・経営者との対話
・現場の怒りや葛藤の記憶
といった背景が宿ります。
AIは計算ロジックを提供しますが、人間は“覚悟を持った判断”を提供できる。これこそが、エキスパートの知見が持つ最大の価値だと感じています。
AIはエキスパートの役割を奪うものではなく、エキスパートの“判断の本質”をより鮮明に浮き上がらせる存在だと私は考えています。



