Q1. 2025年に挑戦したこと・変化があったことは何ですか?
ひとことで言うと、「故郷ローカルから全国ローカルへ、視野をひろげた一年」でした。
これまでの主なフィールドは、地元の山口県とお隣の広島県でしたが、2025年は東京のコンサルティング会社からのご紹介をきっかけに、大分県での仕事が本格的に動きはじめました。なかでも、大分県湯布院町では、温泉観光地の歴史と企業研修をかけ合わせた「湯布院100年物語」という新しい企業研修プログラムの開発が始まり、その完成とリリースに向けて取り組んでいます。
湯布院町では、観光まちづくりで地域を全国区へと押し上げたレジェンドである中谷健太郎さんと出会いました。100年先を見据えながら、すでに50年近く観光まちづくりを実践してこられた姿に触れ、「100年続くふるさとをつくる」という自社の経営理念にあらためて自信を持つことができました。この出会いは、自分の中で“第二章の始まり”を告げる出来事だったと思います。
一方で、「100年続くふるさとをつくる」の原点である地元の周防大島町では、ここ数年、教育案件が減少傾向にありました。この状況を打開したいと考え、社会人大学院に進学し、周防大島町での教育観光事業をテーマに研究しました。研究タイトルは「親⼦で技クエスト in 瀬⼾内のハワイ 〜 ふるさと貢献と収益が両⽴できる周防⼤島町でのラーケーション事業 〜」とし、親子で地域に関わりながら、ふるさと貢献とビジネスを両立させる事業構想をつくりました。その成果として、経営修士(専門職)の学位を取得することができました。
この事業構想をベースに、観光庁「地域観光魅力向上事業」へ申請しましたが、不採択という結果でした。不採択通知を見た瞬間は、正直、すごく悔しかったです。なぜ採択されなかったのか、採択された事業者の顔ぶれや構成を何度も眺めながら、「なぜ民間ではなく自治体や観光協会が中心なのか」と憤りを感じました。それでも最終的には、「まだこの事業構想には欠けているものがある。だから今回は通らなかったのだ」と、自分に言い聞かせることにしました。
全力で挑戦して結果が出なかったときは、一度、さっぱり諦める。そうすることで、次の新しいチャンスがやってくる。これは、これまでの人生経験から学んできた自分なりのリセットの仕方です。そのスイッチを2025年も意識的に押しました。「一旦、地元だけにこだわるのはやめよう」と心を切り替えたタイミングで、大分県湯布院町の案件が飛び込んできたことは、自分にとって象徴的な出来事でした。
同時に、仕事の進め方も変化しつつあります。これまでは企画・設計から現場運営まで、自分が核となりまわす“プレイヤー”として動くことがほとんどでした。2025年は、大分の案件も含めて、これからは各地域のリーダーを中心としたチームが現地で自走できるように、「地域の学びと観光をデザインするプロデューサー」として関わっていく必要性を強く感じた一年でした。ともにつくり、運営は任せ、その地域の人たちが主役として成功していくスタイルに進化させたいと考えるようになりました。
もちろん、周防大島町での教育観光事業そのものを諦めたわけではありません。2025年はむしろ、中学校・高校向けのアントレプレナーシップ型研修旅行(修学旅行)や、AIエージェントが伴走する研修旅行、周防大島町のハワイ移民史調査などを組み合わせ、次のビジネスモデルのイメージを描きはじめた年でもありました。地元へのこだわりを一度手放しつつ、より大きなスケールで“ふるさと”を再定義し直す。そのための助走期間が、2025年だったと感じています。
Q2. その経験を通じて得た学びや、印象に残った気づきはありますか?
2025年を振り返ると、大きな学びは「こだわり」と「執着」は紙一重だということでした。
観光庁「地域観光魅力向上事業」に申請した際、正直「これは100%採択される」と信じていました。大学院での研究と現場の実践を重ねてつくった構想で、自分では完成度が高いと思っていたからです。しかし今ふりかえると、この「当然通るはずだ」という感覚そのものが、こだわりが執着に変わりつつあったサインだったのだと受け止めています。
「100年続くふるさとをつくる」という理念の原点は、まちがいなく周防大島町です。だからこそ、「まずは周防大島町で補助金を取りたい」「周防大島町発のモデルにしたい」という思いが膨らみ、頭では「いずれ全国展開する」と言いながら、心の奥底では「周防大島で結果を出せないなら意味がない」と考えていました。
不採択通知を見た瞬間は悔しさと憤りでいっぱいでしたが、一晩寝ると気持ちは少し落ち着いていました。これまでも、水族館やキャンプ場の指定管理が更新されず、すべてを手放して株式会社ジブンノオトを創業するなど、「ゼロに戻る決断」で次のフェーズに進んできたからです。今回も、「結果が出なかったなら、一度さっぱり諦める」と決めてリセットしました。
そこで、「周防大島町から始めなければならない」という前提を外し、ジブンノオトの得意分野を見直しました。周防大島町で構想していた「親子で技クエスト in 瀬戸内のハワイ」は親子向けのtoC型事業です。一方で、これまで成果を出してきたのは、企業や学校、行政とともにプログラムをつくるtoB・toGの領域でした。BやGを起点にCに届けることは得意でも、生活者に直接売るモデルはまだ勝ちパターンを持てていない。そう認め、toC型の展開はいったん手放しました。
そのうえで、「周防大島町で収益性の高い教育観光事業をつくるなら、どこを押さえるべきか」を考え続け、たどり着いたのが中学校・高校の研修旅行、いわゆる修学旅行の市場です。ここであれば、toB・toGの強みを生かしつつ、結果として子どもたちに届く設計ができます。技クエストを、親子向け観光商品ではなく、アントレプレナーシップ型の研修旅行として再設計していく方向に舵を切ったことは転換点でした。
同時に、「故郷ローカルから全国ローカルへ」という視野の変化も起きました。周防大島町と湯布院を行き来する中で、観光規模のちがいに圧倒されました。
この経験を通じて、「100年続くふるさと」という言葉の比率が変わりました。以前は故郷100:全国0に近い状態でしたが、今は故郷50:全国50くらいのバランスで日本を見るようになっています。故郷を諦めたのではなく、故郷で培った知見や失敗も含めた実践知を、全国のローカルに循環させることが、この理念の本質なのだと再定義できました。
役割についての気づきもあります。これまで私は、最前線のプレイヤーとして企画し、ファシリテーションし、現場を動かすことに大きなやりがいを感じてきましたが、「日本代表級のプレイヤーでありながら、日本代表チーム全体をプロデュースできる人になりたい」というイメージがはっきりしました。自分がボールを持ち続けるのではなく、地域のリーダーや実践者が主役になり、10年、20年と続く学びと観光の生態系をデザインする存在になること。その役割を「地域の学びと観光をデザインするプロデューサー」と名付けられたことも、2025年の大きな収穫です。
この記事を読んでくださる方の中には、都市部から地元にUターンしたり、どこかの地域に移住して起業したものの、思うような成果が出せていない方もいるかもしれません。そうした方に伝えたいのは、「波がなければ、波のあるところで、波に乗ったらいい」ということです。ひとつの場所にこだわることは大切ですが、それがいつの間にか自分を縛る執着になっていないか、ときどき問い直してみてもよいのではないかと思います。
大切なのは、どの波に乗るかを考える前に、自分自身の「野生」を磨き続けることです。心を整え、自分なりのルーチンをつくり、そのルーチンを回せるように仕事と生活をマネジメントすること。私の場合は、週3回の実家ジムでの筋トレや、大野家のみかん山での坂ダッシュが、その時間です。こうした日々の積み重ねがあるからこそ、波が来たときに一気に漕ぎ出すことができますし、波が来ないときには、海岸そのものを変える決断もできます。
2025年は、不採択という悔しい出来事から始まりましたが、そのプロセスを通じて、「理念の比率」と「自分の役割」を考え直すことができました。こだわりを一度手放し、視野を広げ、それでもなお守りたい軸を見直す。この往復運動こそが、これからのキャリアの土台になると感じています。
Q3. 2026年に向けて、どのような構想や挑戦を思い描いていますか?
2026年に向けて描いているのは、2025年に見直した二つの軸、「故郷50:全国50という視野」と「プレイヤーでありながらプロデューサーでもある自分」を、具体的な事業として形にしていくことです。
その中心に据えるのが、中学校・高校向けのアントレプレナーシップ型研修旅行(修学旅行)です。観光地を巡るだけの旅ではなく、地域の事業者やリーダーと出会い、生徒が「この地域でどんな価値を生み出せるか」を考え、挑戦する学びの旅。瀬戸内の周防大島町での実践を核にしつつ、全国のローカルにも展開できる新しい教育観光モデルを構想しています。
ここに、AIエージェントが伴走する仕組みを重ねます。旅の前には、生徒の興味・問いをAIが整理し、現地で出会う人やテーマとのマッチングをサポートします。旅の最中は、インタビューの質問づくりやフィールドワークの整理を支援し、旅の後には、学びを探究テーマやレポートとして深める伴走者となる。教員の負担を減らしながら生徒の学びを最大化する“第2のガイド”として、AIを旅の設計に組み込むイメージです。
さらに、周防大島町のハワイ移民史調査を、この教育観光モデルの世界観として位置づけます。瀬戸内から太平洋を渡った人々の物語は、「ローカル」「グローバル」「移民」「挑戦」を考える本質的な素材です。これを教科書の一節ではなく、地域と世界をつなぐ「物語資源」として編集し、研修旅行に溶け込ませたいと考えています。そのためにハワイでの海外調査を計画しており、現在、複数の助成金・財団・研究支援制度を調査しているところです。
事業としては、学校・教育委員会・旅行会社・自治体・大学・企業など、複数のプレイヤーを束ねる「教育観光のプラットフォーム」を目指します。単年度の補助金に依存せず、
・研修旅行の受託収入
・大学との共同研究・共同事業
・移民史コンテンツや交流事業に関する助成金
などを複層的に組み合わせ、10年単位で持続する仕組みを構築する方針です。
その中での自分の役割は、「地域の学びと観光をデザインするプロデューサー」として、
・現場ではプレイヤーとして価値を生み出し
・地域・学校・企業・AI・大学を結ぶハブとなり
・全体のストーリーを編集し続ける
という三層で動くことだと再定義しています。
2026年は、この構想を机上で終わらせず、まずは小さく実装し、検証し、改善していく一年です。モニターツアーから始め、「アントレプレナーシップ×AI伴走×ハワイ移民史」を要素とした新しい修学旅行を試作し、成果と課題を丁寧に言語化しながら磨き込んでいく。それを繰り返すことで、全国ローカルで実装可能なモデルへ育てていくことを目指しています。
2025年に手放したもの、再定義したもの、見つけたもの。
そのすべてを携えて、2026年は「未来の修学旅行」をつくり始める一年にします。そして、この挑戦のプロセスそのものをNewsPicks Expertとして発信し、うまくいった点もつまずいた点も含めて、地方で奮闘する仲間たちと共有できる“実践知”へと変換していきたいと考えています。



