Q1. 2025年、あなたの専門領域で最も印象に残った出来事・変化・トピックは何ですか?
私の専門領域である骨代謝やがん免疫で最も印象に残ったトピックは、坂口志文氏のノーベル生理学・医学賞受賞です。
坂口氏は「制御性T細胞(Regulatory T cell; Treg)」の発見者ですが、これまで長年、ノーベル賞候補に挙げられていました。京都大学医学部卒業で、京大再生医科学研究所教授、同所長を経て、現在、大阪大免疫学フロンティア研究センター特任教授をされている私の先輩です。
坂口教授によるTregの発見や末梢免疫寛容の発見は、関節リウマチなどの自己免疫疾患やがん免疫に関わる研究であり、基礎研究に留まらず、社会実装が期待されています。坂口教授は、レグセルというバイオベンチャーを設立して臨床応用を目指されており、今後の発展が楽しみです。
Tregは自己免疫反応を抑制する主要な役割を担い、サイトカインと呼ばれる低分子タンパク質を分泌して、他の免疫細胞を制御します。Treg療法の臨床試験が関節リウマチや1型糖尿病などで進行中であり、安全性が確認されています。また、有効性も短期的ですが、改善効果が認められています。
一方、Tregのがん免疫療法への応用としては、がん微小環境での役割が注目されています。がん組織中ではTregが増加し、サイトカインの分泌、奪取などによりがん免疫を抑制します。実はTregはがん免疫抑制効果により、がんにとって有利な微小環境を作るのです。この効果により、がん免疫を高める免疫チェックポイント阻害剤の効果が低下します。つまり、Tregは自己免疫疾患の治療とがんの治療では、その存在が正反対の役割を果たします。
さて、ここで出てきた免疫チェックポイント阻害剤とは、2018年に京都大学の本庶佑特別教授が米国のジェームズ・P・アリソン教授とノーベル生理学・医学賞を共同受賞したことで注目を集めた医薬品です。ここに2018年と2025年の日本人による2つのノーベル生理学・医学賞が接点を持ちます。
本庶教授とアリソン教授はそれぞれPD-1とCTLA-4という分子を発見し、これらががん免疫に重要な役割を果たすことを報告しました。これらに対する抗体医薬は、それぞれPD-1抗体(一般名:ニボルマブ、商品名:オプジーボ、キイトルーダなど)とCTLA-4抗体(一般名:イピリムマブ、商品名:ヤーボイ)として臨床応用されています。これらはがん免疫を増強する免疫チェックポイント阻害剤として多くのがん治療に使用されています。
PD-1抗体とCTLA-4抗体は、異なるメカニズムでがん免疫を増強します。CTLA-4はT細胞の初期不活性化を解除し、PD‑1はがん細胞によるT細胞の不活性化を解除するため、がん免疫が強化されます。近年、複数のがん(悪性黒色腫、腎細胞がん、大腸がん、非小細胞肺がんなど)ではPD-1抗体/CTLA-4抗体の2剤併用が保険診療で認められており、相乗作用により高い治療効果を示しています。
2つのノーベル生理学・医学賞であるTregとPD-1抗体・CTLA-4抗体は、お互いに拮抗関係にあります。TregはPD-1とCTLA-4を産生しており、PD-1抗体・CTLA-4抗体はそれぞれTregの免疫抑制機能を阻害します。一方、PD-1抗体やCTLA-4抗体でT細胞を活性化しても、Tregががん微小環境に多く残ると免疫抑制が続き、これらの抗体による治療効果が限定されます。がん治療ではTregの活躍ではなく、むしろTregの除去や機能抑制が中心になります。
さて、破骨細胞分化因子RANKLは骨を壊す破骨細胞の分化・成熟に必須のサイトカインです。RANKLに対する抗体医薬は臨床応用され、骨粗鬆症やがんの骨転移による骨病変の治療薬として、世界中で年間1兆円ほど販売されています。RANKL抗体は低用量では骨粗鬆症や関節リウマチの治療薬(一般名:デノスマブ、商品名:プラリア)であり、高用量では進行がんの骨転移による骨病変の治療薬(商品名:ランマーク)となっています。私はRANKLを発見した研究者の一人として、論文や特許を出すことによりbench to bedsideとして、基礎研究から臨床応用への橋渡しに貢献できたことを大変うれしく思っています。
しかし、RANKL抗体の役割は骨粗鬆症やがんの骨転移による骨病変の治療に留まりません。TregはRANKLを産生してがん免疫を抑制すること、RANKLを抑制するとTregの機能を抑制できることが判明しています。さらに、免疫チェックポイント阻害剤(PD-1抗体・CTLA-4抗体)に加えて、RANKL抗体もがん免疫を増強することが分かっています。
つまり、2つのノーベル生理学・医学賞を結ぶ接点に、RANKLの存在が浮かんできました。それがどのような意味を持つのかは、次のセクションでご紹介します。
Q2. その出来事・変化が起きた背景には、どのような要因があると思いますか?
製薬業界において、がんは認知症と並んでUnmet needsの極みです。Unmet needsとは既存の治療法では十分な効果が得られない、または有効な治療法が存在しない疾患へのニーズのことです。現在、2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなります。昔は平均寿命が短かったために、がんで亡くなる人は多くありませんでした。医療技術が進んで平均寿命が80歳を超えると、がんで亡くなる人の数が顕在化します。今や、がんによる死亡者を減らすことは現代医学の大命題です。
がんに立ち向かうテクノロジーとして、抗体医薬、免疫チェックポイント阻害剤、Tregによる免疫制御など、ノーベル賞の発見が関わる技術革新があります。現在、それらが応用される時代になっています。抗体医薬と免疫チェックポイント阻害剤は、社会実装されており、Tregの臨床試験は現在進行中です。
私が注目するのは上述したRANKLです。RANKLは破骨細胞分化因子ですが、その作用は骨に留まらず、免疫系でも重要な役割を果たします。胸腺は免疫細胞であるT細胞を教育する小器官ですが、RANKLは胸腺上皮髄質細胞の分化を促進し、その細胞はT細胞を教育します。この教育により、T細胞は自己と非自己を区別できるようになります。免疫とは、体内に侵入した病原体(ウイルス、細菌など)や異物に対して、体を守るための生体防御システムです。また、免疫寛容とは免疫系が自己を攻撃しないようにする仕組みです。免疫の基本的な役割は異物の認識であり、体にとって自己ではないもの(非自己:病原体やがん細胞など)を見分け、攻撃・除去します。
RANKL抗体は胸腺上皮髄質細胞の分化を抑制し、T細胞の自己と非自己の認識を緩めると考えられます。そうすると、RANKL抗体によりT細胞ががん細胞を認識、攻撃できるようになり、がん免疫が増強します。つまり、RANKL抗体は中枢性免疫寛容の仕組みを解除しますが、そこにはTregも関わると考えられます。中枢とは免疫細胞が成熟する場(胸腺や骨髄)のことです。上述したようにRANKL抗体は、中枢性免疫寛容の部分解除によりがん免疫を増強すると考えられています。
さらに、RANKL抗体はTregが産生するRANKLに結合して機能を抑制することにより、末梢性免疫寛容の仕組みを解除できます。但し、これまでRANKL抗体を投与された患者さんが、自己免疫疾患を発症した例はありません。もちろん、免疫チェックポイント阻害剤は、Tregを抑制して末梢性免疫寛容の仕組みを解除します。がん細胞は自己に近いため、免疫系は攻撃を抑制しがちです。免疫チェックポイント阻害剤はこの抑制を外し、T細胞ががん細胞を攻撃できるようにするわけです。
さて、RANKL抗体は進行がんの骨転移による骨病変の治療薬なので、これまで10年以上、骨転移を伴うがん患者さんに使われています。その中で、RANKL抗体には骨病変治療効果以外に、延命効果があると報告されています。また、マウスにがん細胞を移植した実験では、PD-1抗体/CTLA-4抗体/RANKL抗体3剤の組み合わせは、単独、または、2剤併用よりも、さらに高いがん抑制効果を示すことが報告されています。臨床においても、悪性黒色腫や非小細胞肺がんにおいて、PD-1抗体/RANKL抗体2剤の併用やPD-1抗体/ CTLA-4抗体/RANKL抗体3剤の併用で治療効果が高まり、延命したことが複数の論文で示されています。
免疫チェックポイント阻害薬とRANKL抗体の併用は、海外で臨床治験中です。この臨床治験では途中経過ですが効果ありと報告されています。今、まさにがんは治る時代が近づいています。10年後には、多くのがんが治療、延命可能になると信じています。がんを体内に保持したままでも、これらの薬で抑えながら天寿を全うできる時代が来るでしょう。
RANKL抗体のがん免疫増強効果は未承認ですが、骨転移した進行がんの患者さんには使用できます。PD-1抗体/CTLA-4抗体の併用は悪性黒色腫、腎細胞がん、大腸がん、非小細胞肺がん、悪性胸膜中皮腫、食道がんに認められていますので、これらのがんが骨転移していれば、RANKL抗体を保険適用で使用できます。また、CTLA-4抗体単独では悪性黒色腫のみが対象ですが、PD-1抗体単独では頭頸部がん、古典的ホジキンリンパ腫、尿路がん、肝細胞がん、胃がん/胃食道接合部がん、子宮頸がん、子宮内膜がんなどが対象であり、これらのがんも骨転移していれば、RANKL抗体が使えます。
以上、PD-1抗体・CTLA-4抗体のいずれかとRANKL抗体2剤の併用、またはPD-1抗体/CTLA-4抗体/RANKL抗体3剤の併用を保険適用で行うことは、骨転移という条件があれば、今でも可能です。
Q3. このトピックは今後どのように進化・展開していくと考えますか?
今後はこの技術によって多くのがんを撲滅できる可能性があります。海外臨床試験の結果が報告されれば、国内でも臨床試験が開始され、RANKL抗体を用いた「がん免疫療法」が、標準治療としてガイドラインに記載されるでしょう。そうなると骨転移が無くても、がんの早期からRANKL抗体と免疫チェックポイント阻害剤の併用が可能となります。
特に免疫チェックポイント阻害剤としてPD-1抗体単独、あるいはPD-1抗体/CTLA-4抗体の組み合わせに、さらにRANKL抗体を組み合わせたダブル抗体またはトリプル抗体療法は、多くのがん患者さんを救うことでしょう。この技術の他にも新たな医薬品、医療機器が登場しており、5年、10年生存率はますます伸びていくでしょう。
自身として取り組みたいテーマは、RANKL抗体による「がん免疫療法」を多くの患者さんやそのご家族にご紹介することです。まだ、この新しい「がん免疫療法」を知っている人は多くありません。この治療法は厚生労働省に承認されていませんので、腫瘍内科の専門医でさえ、あまり知らないからです。当然ながら、今回ご紹介した抗体併用療法は、がん治療のガイドラインにも掲載されていません。この治療法を知っている医師はまだまだ少ないのが現実です。ましてや、がん患者さんやそのご家族は知る由もありません。
一部の整形外科医は骨転移したがん患者さんに対して、骨病変の治療薬としてRANKL抗体を投与しています。その治療の中で、PD-1抗体/RANKL抗体の併用による延命効果を確認されています。私はこれまで積極的に論文や学会発表で、RANKL抗体による「がん免疫療法」を情報発信して参りました。今後はがん患者さんやそのご家族、臨床医の先生方などに新しい情報を伝えたいと考えています。
一般的に進行がんが他の臓器に転移するとステージ4と呼ばれ、治療が困難となります。もはや手術の適用にはならず、放射線治療や化学療法を行うことになります。しかし、本庶教授らによる免疫チェックポイント阻害剤の発明により、画期的な「免疫療法」が生まれました。これは自分の免疫細胞を体外で培養して体に戻す「免疫細胞療法」とは異なるものです。すなわち、免疫チェックポイント阻害剤による「免疫療法」は厚生労働省が承認した保険適用の治療法ですが、「免疫細胞療法」は未承認の自由診療なのです。
この「免疫療法」により、多くの方が延命しています。がんの種類にもよりますが、他臓器に転移したステージ4の進行がんも、積極的に治療できるようになりました。今回、ご紹介したRANKL抗体は進行がんが骨転移した患者さんでは、骨病変の治療のために使用できる第一選択薬となっています。まだ広まっていませんが、免疫チェックポイント阻害剤による治療を受けているがん患者さんに骨転移が見つかった場合、積極的にRANKL抗体の投与を行うとがん免疫が増強される可能性が高まります。
上述のように、PD-1抗体/RANKL抗体のダブル抗体療法、あるいはPD-1抗体/CTLA-4抗体/RANKL抗体のトリプル抗体療法には、大いなる可能性があると信じています。ステージ4だからといって、諦める必要はありません。もし、骨転移していれば、それを逆手にとらえて、RANKL抗体を使えるチャンスが来たと考えられます。今のところ、100%の効果までは期待できないとしても、明らかに延命するがん患者さんがいるのは事実(論文あり)ですので、期待いたしましょう。エビデンスのない自由診療に頼るのではなく、エビデンスが蓄積しつつある医薬品を用いた「がん免疫療法」に頼ってみましょう。
最後に医療経済の話をします。一般的に抗体医薬は高額です。PD-1抗体、CTLA-4抗体を1年間投与すると、200~1000万円かかります。PD-1抗体/CTLA-4抗体2剤の併用では、1000万円を超えてしまいます。
一方、RANKL抗体は1年間投与しても約60万円です。RANKL抗体は骨粗鬆症に対する先行薬があったために、高額になりませんでした。プラス60万円でRANKL抗体による併用効果が得られるのなら、免疫チェックポイント阻害剤による高額治療の価値が上がります。薬の価格を考慮しても、免疫チェックポイント阻害剤とRANKL抗体の併用にはメリットがあり、医療経済的にも納得できます。高額療養費制度により、公的医療保険における自己負担額には上限があり、患者さんが実際に上記の高額を支払うことはありません。しかし、公的医療保険の負担はあります。
私はRANKL発見者の一人であり、RANKL抗体の医薬品化に必須の特許を出願しましたが、今回ご紹介した話を書籍化したいと考えています。私にしか書けない、がん患者さんにとって「希望の光」となるものをお届けできれば幸いです。



