
Expert Story
知財戦略コンサルタント
齊藤千絵
#知財戦略
大学院修了後、特許事務所、特許調査会社を経て株式会社ナビタイムジャパンに入社。知財部門立ち上げから知財戦略に従事。その後、株式会社KDDIにて新規事業領域(Fintech、ヘルスケア、IoT等)の知財戦略部門立ち上げ、新規事業サービス開発における知財戦略を担う。現在は株式会社ディー・エヌ・エーにて都市の脱炭素経済事業に関する戦略検討および知財戦略に従事しつつ、ライフワークとしてスタートアップ企業への知財コンサル業務や戦略検討支援を行っている。
Published 2021.6.24
Prologue
メーカーや研究所など、形あるものを生み出す産業では当たり前に活用されている知的財産戦略。実は、ITや通信といった目に見えにくい価値を創出する業界においても同様に重要な存在だ。
長らく知的財産の分野でキャリアを積み、現在はDeNAで事業戦略に携わりながら、スタートアップの知財コンサルティングも行なう齊藤千絵氏。若い中小企業も、形になる前のアイデアや技術を活かすために知的財産に関わる活動をするべきだと強調する。
知財はリスク回避のツールとしてではなく、表現の場として考えることで利用の幅が広がるという。知財の領域から新規事業の後押しをしてきた齊藤氏が、自身のキャリアと知財活用の本質を語った。
知的財産権とは、形のないものに対して形と価値を与えるものです。私は、知財から事業へのアプローチによって、変革にチャレンジできる人や環境をつくりたいと思っています。
最近は、専門家と呼んでいただくこともありますが、私は新卒で知財部に入ったわけはなく、順当に知財キャリアを築いた経験もありません。今も半分以上は事業戦略にも携わっています。
知財の世界に入ったのは偶然でした。新卒で入った会社から転職しようと思ったタイミングが、ちょうど小泉純一郎政権が成立し、「知財立国」を唱えていたころだったのです。もともと理系の出身で特許はなじみのある分野でした。面白そうだと感じたことと、周りからの勧めもあり、とりあえず飛び込んだという感じでした。
当初からわかっていたのは、有資格者や、大企業で知財のキャリアを積んだ人と同じキャリアは築けないということ。だから、自前主義で必要なものを見つけては転職して身につけるという、武者修行のようなキャリア形成をしてきました。それが結果的に今につながっています。
社内で知的財産化の活動を進めるためには、エンジニアや企画、広報など、各方面に納得してもらい、協力を得る必要があります。その時には、「努力の証を残す」作業が知的財産化なのだと話をしています。
各部門のスタッフは、日々、調査をする、ビジネスモデルを書く、社内に提案するといった業務を行っています。その中で、素晴らしいアイデアが生み出されたとしても、必ずしもそのタイミングで実を結ぶとは限りません。タイミングが来ないと、どんなにいいサービスでもヒットしないのです。
一方で、いいアイデアは、いざタイミングが来たときに一気に拡大していくことがあります。その時に、それまでの取り組みを無駄にしないために、見えないものを形にするのが知的財産化です。いずれその努力が無駄じゃなかったと言うために知的財産化があるのです。
地道に伝え続けて皆さんが共感してくれることで、知財に意味が出てきます。
私が関わることの多いIT産業などの領域では、まだ知財の重要性を理解していない経営者が多く、知的財産化に行き着いていない企業もたくさんあります。知財を特許としか認識していないことがその大きな理由です。
ですが、特許出願以前の、形のないアイデアも、今後の事業の種になる大事なファクトだと認識し、守っておくべきなのです。タイミングが来たときに、後からきた企業に一気に塗り替えられてしまったらもう遅いわけですから。
見えないものの価値を認める。これに取り組めるかどうかが勝敗を分けると思います。だから企業は、見えないものを形にして、その価値をフル活用する意識を醸成することが急務だと思います。「形にする」ということは、それによって発信できたり、信用を勝ち得たりできるという色んな面を持っています。
企業知財に関わるキャリアの出発点はNAVITIMEでした。位置情報や個人の動態データを使った移動に関するサービスの立ち上げに携わりました。その後KDDIで、Fintechやヘルスケア、IoTなどの事業を立ち上げていきました。新規事業での知財まわりの仕事をあれこれとやってきて、2018年にDeNAに移りました。
現在は、脱炭素事業という新しい取り組みをゼロから始めるチームで仕事をしています。DeNAでは、知財部門に所属したことはありません。今まで知的財産部が担ってきたようなサポート的な動きではなく、事業に直接かかわりながら知財をどうするかを考えていく、特殊な働き方をしています。
事業部側に立って数字を背負いながら知財を扱うことは、私にとって初めての経験です。知財部門では売上目標や事業化責務を負うようなことはありません。これまで15年ほど知財関連の経験を積んできて、今ようやくこのようなスタンスで仕事ができているのは重要なことだと思います。
偶然にも私のキャリアは、新規事業の立ち上げに関わることが多くなっています。毎回、道なき道を切り開くのは大変ではあります。しかし、面白いです。
新しいことの欠片がすでに転がっていることに気づいた人がそれを拾い集めて描くと、ひとつの絵になります。その絵を事業に落とし込むことで、その事業にかかわった人の価値観に影響を与えることができる。その一連の流れに関われることにやりがいを感じます。
仕事をする上で大事にしているのは、人の力を借りることと、できることに注目することです。
今の世の中は、「一寸先は闇」のような世界です。誰だって自分の将来に悩むと思います。そんなときに不安にとらわれると、つい足が止まってしまう。
そうならないためには、助けてもらえるところは助けてもらいながら、前に足を出し続けるしかないと思います。
結論を決めつけず、できないことに気を留めず、どんどん絵を描いていく。これを続けるだけだと考えています。それは幼少期から「普通」に悩まされて模索してきた結果、自分で自分の世界をつくっていくしかないと気づいてたどり着いた生き方でした。
1つの企業でキャリアを築くことには意味があるし、それができている人はすごいと思います。ですが私には、それよりも新しいことに飛び込み続ける方が性に合っていた。
キャリアを築く上で、「この会社が今困っていることに対して私がお役に立てる」と判断したら、多少待遇が悪くなるとしても、飛び込んでいくようにしています。経営層と話したときに、彼らの価値観と自分のキャリアが結びつくと思えれば、それまでの地位を手放すことにためらいはありません。
最近では、個人の活動として、スタートアップの知財戦略を支援しています。手元にサービスや事業の種を持っていて、知財面のケアをしたいと思っても、資金も潤沢ではなく、何から手を付けていいかわからない。そんな悩みを抱えた経営者の方からお声がけをいただく機会が増え、出願の前段階のサポートをしています。
スタートアップが大企業と違うのは、サービス化や事業化の目途が立っていない、種だけの状態のものがたくさんあること。
それが実になったときに備えて、コアになる技術や思想が何なのか、といったことを自覚することがまず大事です。その中で、唯一性があって期待度の高いものを整理したり、必要な知的財産活動を支援したりしています。
社員も資金も少なく、会社としてのパワーもない中で、知財は自分たちを守ってくれるひとつの武器だと考えてほしいのです。
大きな、漠然とした社会課題に対して、足元の行動からアプローチしようとしている事業を応援していきたい。大きい夢や野望があるのに、実現の手段が紐付かずに戸惑っている企業に手を差し伸べたいと思っています。
これからは、多くの人が肩の力を抜いて変革にチャレンジできる環境を整えていきたいと考えています。
未来を描いて技術を社会に実装していくのは大変です。既得権益をはじめ、変化を嫌う人たちを変える苦労もあれば、資金調達の問題もある。それを言い訳にして「変えない」と結論づけるのがこれまでのよくある流れだったのだと思います。
でも、「描くことをやめたら終わる」んです。今も、描く力があるのにくすぶっている若い人はたくさんいるはずです。
知財は、そういう人たちが表現の場として使えるものだと考えています。世の中に影響を与えるという意味では、知財化は1つの手段であり、誰にでも与えられた権利です。それが1つのよりどころになればいいと思っています。
知財部門に所属していたときは、よく言われる「知財は使えなければ意味がない」という言葉を、「権利行使できなければ」とか「ライセンスにできなければ」意味がない、といった狭義でとらえていました。
ですが、事業側に来て、見え方が広がりました。私は、権利が「ある」という状態にとどまらず、権利を「つくり出す」という行為そのものも世の中に影響を与えているのではないかと感じるようになりました。
私は自分のことを「色付きのジェネラリスト」だと思っています。ひとつの企業や部門に勤め上げたわけでもなければ、士業の資格を持っているわけでもない。ひたすらに未開の地を求めて、いろいろな会社でいろいろな仕事をしてきました。ただ、結果論ですが、そのキャリアに「知財」という色がついているのは良かった。
これからもさまざまな場所に飛び込んで行き、周りから刺激を受けながら自分のやるべきことを見つけていきたい。未来の世界を変えていく次世代の経営者やビジネスパーソンたちが思い切り挑戦できる世の中をつくることに、知財の分野から貢献していきたいと思っています。
編集:宮原透、南部菜生子 取材:落合真彩 撮影:Masanori Naruse デザイン:鈴木雅人
Expert Storyは、NewsPicks Expertで活躍している
エキスパートの深層を探る、インタビューコンテンツです。