Expert Story

手術支援AIにより医師と患者をサポートし、より安全な手術を目指す

株式会社iMed Technologies 代表取締役CEO/医師

河野健一

#医療AI

脳神経外科医師として、医療現場で16年間勤務。現場で脳血管内手術の課題を感じており、グロービス経営大学院に通ったことをきっかけに起業を志す。2019年4月、「世界に安全な手術を届ける」という理念を掲げiMed Technologiesを設立。現在、くも膜下出血や脳梗塞に対する脳血管内治療のリアルタイム手術支援AIの開発に注力している。

Published 2021.9.24

この記事をシェア

Tweet

Share

Prologue

日本人の死因として4番目に多い脳血管疾患*。脳梗塞やくも膜下出血などの治療の手段として、今、脳血管内手術が年率10%以上の増加をみせている。

ひとつ誤りがあれば患者の生命を左右することもあるこの非常に繊細な手術の安全性を、AI技術によって高めたい——そんな志を実現すべく新たな技術の研究開発に挑んでいるのが、株式会社iMed Technologiesを立ち上げた河野健一さんだ。

長年にわたり、脳神経外科医としてこの手術を手がけてきた河野氏は、なぜ臨床から離れ、起業に踏み切ったのだろうか。事業立ち上げに至った経緯と、現在地についてうかがった。

脳神経外科医時代に感じていた課題から、AI技術に着目

2022年までに、脳手術をAIによって支援するシステムをローンチさせる。それが今、iMed Technologiesとして掲げている最も近い将来の目標です。

私は2019年に起業するまでの16年間、脳神経外科医として医療現場に身を置いていました。

私たちが携わる脳血管内手術はリスクが高いものが多く、常に繊細な操作が求められます。しかし現状、手術に関わる状況判断は、医師個人の知識や技術、経験則から行うしかありません。患者さんの命を預かる手術現場において、医師の努力や集中力に大きく依存しているのが現状です。

この現状をなんとかして変えることにより、患者さんと医師、双方の負担を減らすことができないか——この課題意識が、私が起業を志す出発点の一つとなりました。

着目したのは、ディープラーニング。

医療現場でAIの活用が進めば、これまで「人の目」だけに委ねられていた状況判断やリスクヘッジの精度が上がり、より安全な手術を行うことができるようになるはずです。

例えば車の運転に置き換えてみると、障害物センサーや危険予知の仕組みを、手術の現場に持ち込みたいと考えているのです。

特に脳神経外科医は、深夜休日問わず、どんな状況であっても呼び出しがあれば飛んでいって、すぐに手術を行わなければなりません。

そんなときにAIによるサポートがあれば、手術の安全性の向上につながると考えています。

この技術は、手術中のリスク軽減のみならず、医師に対する手術の評価や、若手医師への指導にも有効活用できるでしょう。

さらには、医師が本来行うべきことに集中できる環境を整えることも可能だと思っています。

AIが発展することにより、臨床医が人間らしい仕事に力を注ぎ、患者さんに全人的医療を提供できるチャンスを増やせるかもしれません。

私たちが着手している手術支援以外の領域でも、AIの技術を医療現場で有効活用できる可能性は大いにあると考えています。

そういったことを実現するために私は今、iMed Technologiesのメンバーとともに、ディープラーニングを用いたソリューションの研究開発に取り組んでいます。

「熱意ある人たちと働きたい」医師として歩んだ16年間

そもそも私が医師を目指したのは、自分自身が社会に貢献している実感を得たいと考えたからです。

好きだった教科は数学で、最初に入った大学では数学科で学んでいました。しかし当時の私は、数学の勉強を具体的な職業と結びつけるに至らなかったのです。今だったら、AIエンジニアなどもキャリアの選択肢に入っていたかもしれませんね。

そうして入り直した大学で医師になるための勉強をしているときに、一番惹かれたのが脳神経外科でした。

脳は人体の中でも特に複雑で、未知の部分が多い領域です。そこで手術の腕を磨き、自ら手を動かしていきたいと考えていました。

さらに私が出会った脳神経外科医たちの「熱さ」も、決断を後押ししてくれました。

チーム一丸となって医療に取り組む、仕事熱心な医師たち——彼らを目の当たりにして、自分もこういう人たちと一緒に働きたいと思い、私は脳神経外科医の道を進むことにしたのです。

それから16年。目の前の患者さんと向き合いながら、私は医師として仕事を続けることになります。

訪れた転機。口にした瞬間、「志」が現実味を帯びはじめた

大きな転機が訪れたのは、そんなある日のことでした。尊敬しているアメリカの医師が、MBAを取得するためのエグゼクティブコースに通っていることを知ったのです。

「彼はMBAで何を学んでいるのだろう?」と興味を抱いて調べる中で、たどり着いたのがグロービス経営大学院でした。もともと、臨床と並行して研究活動を行っていたため、学校に通って学ぶことへの抵抗感はありませんでした。試しに授業を受けてみると、今まで縁のなかったビジネスの世界に触れ、視野が開けていく感覚を得たのです。

入学当初はまだ、起業を具体的に視野に入れていたわけではありませんでした。

しかしグロービスに通い始めてから、すでに自分で事業を興している人、起業を志している人たちとはじめて出会い、起業についてリアルな情報に触れる機会が増えました。

裏話や失敗を含む起業の体験談を直接聞いたり、仲間たちと実際にチームビルディングや事業の作り方などをシミュレーションしたりするうちに、今までは縁遠いと思っていた「起業」という選択肢のハードルが、少しずつ下がっていくのを感じていました。

さらにもう一つ、影響が大きかったのは「志」を具体的に口に出すようになったことです。

グロービスでは一人ひとりが抱く「志」を非常に重要視していて、入学時、自分自身の志についてエッセイを書かなければなりません。

それを日常的に考え、明確に言語化している人はほとんどいないのではないでしょうか。私もはじめはそうでした。

iMed Technologiesでは今、自社のビジョンとして「世界に安全な手術を届ける」という志を掲げていますが、当初は「"世界に届ける”なんて大袈裟すぎないか」「それは自分自身が本当に望んでいることなのか」など、さまざまな迷いや葛藤がありました。

しかし不思議なもので、志について自分の言葉で仲間たちに話し、実際にフィードバックやアドバイスをもらいながら内省を繰り返すうちに、「私の志はこれなのだ」「本当にこの志を実現できるかもしれない」と思えるようになっていったのです。

それは、もしかするといい意味での"勘違い”だったかもしれません。でもこのグロービスでの経験が、新たに一歩を踏み出そうとする私の背中を押してくれたのは事実です。

失敗もプラスの経験になり、自分自身の可能性を広げてくれる

スタートアップにとって失敗は日常茶飯事、むしろ成功するケースの方が珍しいものです。起業してからというもの、想定外なことの連続で、私もいろいろな失敗を重ねながら試行錯誤を繰り返す日々を送っています。

しかし、それにくよくよと悩むことはありません。

私は事業を立ち上げるにあたり、手術支援AIの製品化が実現したときに社会にもたらす影響の大きさに想いを馳せました。

私が臨床医を続けた場合、目の前にいる患者さん一人ひとりと向き合い、助けることが仕事になります。例えば1年間に100件の手術ができるとして、20年で2,000人。患者さんは生活圏内の病院に通うので、自分が関われるのは、勤める病院がある周りの地域の人たちに限られます。それは現場にいる医療従事者にしかできない仕事ですから、その役割をまっとうする道も大切です。

ただ私は、別の役割を担うことを選びました。手術支援AIが医療現場に導入されれば、現場で働く医師のサポートにつながり、結果的に助けられる患者さんが何倍、何十倍に増えるかもしれません。

私自身は、たとえ挑戦が結果的にうまくいかなかったとしても、それがマイナスになるとは考えていません。

医師一筋のキャリアから離れ、起業して新しい事業に挑戦する。そこで得られる経験はきっと、自分の可能性を大きく広げてくれるはずです。

実際に私は今、事業を立ち上げ、資金調達を行い、仲間を集めるために地道な採用活動をして——と、医師時代にはまったく縁のなかった経験を積むことができています。

もしこの先どこかでハードルにぶつかったとき、また新しい事業にチャレンジするにしても、何か別の道を選ぶことになったとしても、きっと、経験を糧にして前へと進むことができると思っています。

私は、医療現場に潜むリスクを減らし、医療者と患者さんの双方に大きなインパクトをもたらしたい。今はその可能性を拓く挑戦をしてみたいと思っています。

編集:南部菜生子 取材:大島悠 撮影:Masanori Naruse デザイン:鈴木雅人

Expert Storyは、NewsPicks Expertで活躍している
エキスパートの深層を探る、インタビューコンテンツです。

NewsPicks Expertの詳細はこちら