
Expert Story
法政大学 教授 UC.Berkeley元客員研究員/一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事
田中研之輔
#プロティアン・キャリア
一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員(PD:一橋大学 SPD:東京大学) メルボルン大学元客員研究員。2008年に帰国。現在、法政大学キャリアデザイン学部教授。専門はキャリア論、組織論。<経営と社会>に関する組織エスノグラフィーに取り組んでいる。著書25冊。新刊『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』社外顧問27社歴任
Published 2021.6.24
Prologue
2021年4月に「改正高年齢者雇用安定法」が施行され、いわゆる“70歳定年”が始まった。企業には、定年制の廃止や70歳までの就業機会確保などの努力義務が設けられ、意欲のある個人は65歳を超えても働き続けることが可能となった。
一方、大半の現役世代にとって、1つの企業で終身雇用されることは現実的ではない。個人のキャリアを会社任せにできる時代は終わりつつある。
長期化する就労期間の中で、法政大学教授・田中研之輔氏は、個人が主体的にキャリアをデザインしていく「プロティアン・キャリア」を提唱。自らを「大学と企業の橋渡し役」と位置づけ、日本人のCX(キャリア・トランスフォーメーション)に使命感を燃やす。
田中氏のキャリアへの想いと行動の原点を紐解いていく。

私の活動のキーワードは「キャリアオーナーシップ」です。「大学と企業の橋渡し役」として、大学と企業におけるキャリア開発に取り組んでいます。
日本型の雇用では、新卒入社して何年か働くと企業に慣れてしまう。それ自体が悪いことではありませんが、多くの人が「キャリアプラトー」という停滞状態に陥ります。
私の夢は、キャリア形成における問題を解決して、リブースト(再活性化)していくことにより、一人ひとりの人的資本=ヒューマンキャピタルを最大化することです。
一人ひとりが自分の強みを理解して、自分らしくやりがいや喜びを感じて働く世界を実現したいと思っています。
これから“70歳定年”が始まり、人生のほとんどを働いて過ごすことになります。この長い時間を我慢して働く人を減らしたい。
その最初のアプローチとして、『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術(日経BP社、2019年)』という本を出しました。これはいわば「変幻自在のキャリア論」です。日本に紹介されていなかったキャリア自立の最新理論を、3年ほどかけて書きました。
「キャリア開発は、いつからでもどこからでも可能だ」ということを、働く6000万人に届けたいんです。

もともと私は人が同じ方向を向いて、同じ行動をとることに疑問を持っていました。思い出すのは、中学校の修学旅行でディズニーランドに行ったときの記憶です。
みんな制服を着て名札をつけていたのですが、ディズニーランドで他人に名前なんて見られたくない。そう思って、名札を外しました。そうしたら先生に正座させられて、めちゃくちゃ怒られたんですね。でも、いまだに何で怒られたのかわかりません。
もっとわかりやすい例を挙げると、昔から人が渋滞や行列に平気で並ぶことが不思議でしょうがない。
ビジネスシーンで言えば、新卒一括採用でみんな同じように働き始めて、組織の中だけでキャリアが決まるのはおかしいと思います。「もっとバラエティに富んでいいのに」と問題意識を感じていました。
両親から「社会のルールに反することはいけないけれど、自分のやりたいことをやり抜け」と教えられた影響もありますが、学生の頃から「組織の歯車にはなりたくない」と強く思っていました。
20歳のときに親友をバイク事故で亡くしたことも大きいです。
小中高が同じで部活も一緒、自分より優秀だと思っていた友人でした。彼の死に直面したとき「人生はこうやって突然終わるんだ」と強烈に感じたんです。
私はそのときから怖いものがありません。
人は自らが健康を害して死を意識するか、身近な人の死に触れるとキャリアレバレッジが効いてきます。終わりがはっきりと見えた途端、キャリアは加速する。
人生100年なんて、地球の歴史を考えたら誤差みたいなものですから(笑)。そんな人生の中で「じゃあ自分は何を成すのか?」という大きな問いを立てています。

大学院に在籍していた頃から、グローバルにおける日本企業の位置づけやキャリア開発への問題意識が強くありました。それらは解決できる課題だと思ったのです。
そのためには、武器を備える必要がありました。
国内にキャリアスタディーズのエキスパートがいなかったので、オーストラリアのメルボルン大学、アメリカのUCバークレーに2年ずつ留学しました。
そこで感じたのは、欧米のビジネスパーソンのキャリアは、個人で形成する意識が強いこと。「主体的に働くこと」がビジネスパーソンの一丁目一番地になっているんです。
たとえばアメリカでは、学生が新卒で入った企業を半年や1年で辞め、数社を転々とするようなキャリアを築いていました。いまの日本において、このような人材はなかなか評価されません。
しかしながら彼は「自分の得たいものを得たから辞めた。目的を達成したから区切りをつけてキャリアを築いているんだ」とはっきり言うわけです。これは衝撃的でした。
一方、日本のビジネスパーソンのメインは「組織内キャリア」です。それがうまくいけばいいのですが、蓋を開けてみると困っている人がたくさんいます。
「主体的に働くこと」は、自分の生産性や競争力を再開発して高めていくこと。つまり、自分をアップデートし続けないといけないということです。
私には主体的なキャリア形成が、心理的な幸福感だけではなく、組織内エンゲージメントを高めていくという確信があります。
しかしながら、日本の多くの企業ではそうなっていない。だから「プロティアン・キャリア」や「CX(キャリア・トランスフォーメーション)」など、いろいろな言葉でキャリア開発の重要性を伝え続けているんです。

「大学教員は専門性を磨き続けるのが仕事」だとよく言われますが、エキスパートが専門性を磨くことは当たり前です。私はキャリア開発の専門性を強みとして、「大学を開くこと」と「産学連携」に尽力しています。
社外の面白い人と出会い、コネクションを作り、大学の教室に連れてくる。法政大学のキャリアデザイン学部では、2008年の着任時からこの活動を続けています。
もちろん、授業でキャリア開発の専門知識を伝えることも可能です。
ただ、それよりも社外の面白い人の考え方を伝えて、カルチャーショックを与え、本質的に行動変容させることを大事にしています。
学生たちには「大学1年か2年の間に、ポスト高校生からプレ社会人になれ」と言っていて、積極的に長期インターンをさせて、プレ社会人として打席に立つことを意識させています。
組織は結局「人」が資産なので「人」を強くする必要があります。
大学教員の中では経営者とのつながりが多いと自負しているので「人」を強くするために、産学連携のプラットフォームを作りたいんです。
今は経営参謀としてベンチャーから大手まで10数社に関わっていて、いわゆる「CX(キャリア・トランスフォーメーション)」を推進しています。
人事施策やキャリア開発部門のアドバイザーとなり、テクノロジーを活用して、新規事業を立ち上げていく。そうすることによって、従業員が本質的な働き方を取り戻すことを目指しています。
ハンズオンで経営者の相談相手になることもあります。
企業においては、10人の社員がいたとしたら、10人のヒューマンキャピタルを最大化できている状態がベストです。しかしながら、どの組織やチームでも何人かはフリーライドする。大企業になればなるほど、その割合は大きくなります。
それを防ぐためにも、経営者の方々には「経営戦略と事業戦略に加え、キャリア戦略を外してはいけない」と常々言っています。
社員のキャリア戦略を考えていないのに、「離職率が高くなった」と嘆くのは本来おかしなことです。社員に目先の数字ばかり追わせていると、「自分たちは組織の奴隷だ」と感じてしまうのは当然ですから。
私は企業経営において、キャリア開発プログラムの展開が最大の武器になると思っていて、10人中9人くらいが自分のキャリアに向き合っているチームは実際に売上も伸びています。
そのような実績を積み重ねることで、個人を組織内のクローズドなキャリアから、自立型で主体的なキャリアへと開いていくことができると思っています。
専門性を持ったビジネスパーソン、いわゆるエキスパートが企業の枠を超えて社会で活躍するための条件は2つです。
1つは経営者の意識改革。
企業の経営者やCHRO(最高人事責任者)クラスの方々に「優秀な人材の囲い込みはこの国のためにならない」と認識してもらうことです。
最も脂の乗った30~40代を「副業禁止」「SNS禁止」と縛るのはおかしいと思います。優秀な人材を社会で共有し、オープンイノベーションを進めるほうが重要です。
そうすることで、エキスパートは自分の知見を伝える代わりに、新しい経験を積むことができます。エキスパート自身がバージョンアップして元の企業に戻るので、輩出する企業にとってもメリットになります。
人材の流動性を高めるために、まずはCHROクラスの方自身がエキスパートとして複数社に関わるといい。他社からエキスパートを呼んで顧問になってもらってもいいと思います。
組織の意思決定者が副業や兼業で活躍していけば、現場のビジネスパーソンも真似をする。その流れができれば、市場全体を盛り上げることができます。
だからこそ、知や経験を囲ってほしくないんです。これからの社会のためを思えば、「競合」という意識がいかにちっぽけかを理解していただけると思います。
もう1つは、エキスパート本人の意識改革。
今は組織で評価されて活躍していたとしても、組織自体がなくなったり、ニーズが変化したりすることは大いにあり得ます。リスクヘッジの意味も含めて、変幻自在にキャリアレバレッジをかけていく必要性は強く伝えたい。
また、エキスパートとしての専門性を他社や他業界に公開することは、キャリア形成において非常に重要です。
私はエキスパートが能力を最大限に発揮することは社会的使命だと考えています。決して自分のキャリアを閉じ込めるべきではありません。
リモート勤務になり、業務に身体性を問わなくなった今こそチャンスです。私も以前は15分や20分の商談のために東京から大阪まで新幹線に乗っていましたが、今では不要な行為になりました。
エキスパートが活躍できるフィールドは無限に広がったと言えるでしょう。
編集:宮原透、南部菜生子 取材:落合真彩 撮影:Masanori Naruse デザイン:鈴木雅人
Expert Storyは、NewsPicks Expertで活躍している
エキスパートの深層を探る、インタビューコンテンツです。