Expert Story

「未来の子どもたちに、スマートシティを残したい」ヘルスケア×テクノロジーのアプローチ

ロート製薬株式会社 国際事業部長 

平田貴子

#ヘルスケア

P&Gにてファブリーズ・レノアなどのヒット商品を担当後、マーケティングデザインマネージャーとしてアメリカ中国のブランディングに携わる。その後イオンのブランド戦略室ディレクターを経て現在ロート製薬国際事業部長、ヘルスケア×テクノロジーの近未来メディアサイト「intech.media」を設立。ヘルステック系トレンド、スタートアップ、ビジネスモデル構築、ブランディングを得意領域とし、各種コンサルティングも行う。2020年にMIT-Harvard Medical School Healthcare Innovation Bootcampファイナリストに唯 一の日本人として選出、現在はUCLA Executive MBA 在学中。

Published 2021.6.24

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Prologue

 

日本は2015年から2045年の30年間で約2,000万人の人口減が予想されている。世界に先駆けて超高齢社会に直面する日本が、今後どのように社会を構築していくのかは、世界でも注目が集まるポイントだ。

「労働力不足」が深刻になる超高齢化社会では、テクノロジーを生かした街づくりが必須となる。ロート製薬で国際事業部長を務める平田貴子氏は、各領域のテクノロジーがつながりあう「スマートシティ」の実現に向けて、ヘルスケアの文脈から取り組みを進める。

一児の母として「子どもたちに将来、何を残せるか」と問い続ける平田氏が、理想とする社会のグランドデザインを語った。

 

日本が直面する課題を解決する「スマートシティ」

私が実現したいのは「2050年までに、未来の子どもたちにスマートシティを残すこと」。自分でも、壮大な夢だなと思います。

シングルマザーの私は、年齢を重ねて、周囲から「定年」という声が聞こえ出したときに「将来、子どもに何を残せるだろうか」と強く意識しはじめました。

親の関心ごととして、お金や教育、環境などの問題がありますが、とくに日本の「環境」には大きな課題を感じています。

たとえば、日本のインフラは戦後の経済成長期・人口増加を前提につくられました。

全国どこにいても、安全な水が、安定的に供給されているのは、ダムを管理する人や水質検査をする人がいるからです。街中の電線が切れていたら、その都度修理してくれる人もいます。

日本の人口がどんどん減っていくということは、これまでインフラを守ってくれていた人たちがいなくなることを意味します。現在の維持管理・保守環境によって、生活水準を保つことが難しくなってくるのです。

日本は「総人口減少」「生産年齢人口比率の低下」「高齢者人口比率の上昇」という、3つの事象が急速に同時進行している、世界でも稀な状況にあります。

近い将来、ヨーロッパやアジア諸国も同じ状況に直面することが想定されています。

非常にネガティブに見える状況ですが、日本がこれらの課題を解決し、世界に先駆けた成功事例をつくることができれば、それ自体が産業になる。

テクノロジー、課題解決のプロセス、組織構造などをパッケージとして、世界に展開することができるでしょう。

そして、この課題を解決できる可能性を持つのが、スマートシティです。私はここに取り組むために日々知見をため、自身が立ち上げたヘルスケア×テクノロジー情報サイト「intech.media(日英)」などで、徐々にアウトプットを始めています。

子どもたちが描く理想から、スマートシティを定義する

各国でスマートシティの試みが進められていますが、うまくいっている都市はほとんどありません。大きな要因として、「スマートシティの定義が国によってバラバラなこと」が挙げられます。

単にモビリティがうまく回っているからスマートシティだとは言えません。保険・教育・交通・医療・防犯・公益サービス・行政などがすべてつながってこそスマートシティだと言えるのです。

たとえば、専門領域のヘルスケアで考えると、街でウェアラブルデバイスを着けていると、毎日の体温や血圧などが自動で記録されて、住民の健康管理ができるシステムがあれば、未病対策にもつながります。

常に議論となる「個人情報の問題」を乗り越えなければいけませんが、政策としてあってもいいと考えています。

たとえば、スタンフォード大学では、地域の中学生や高校生に「あなたはテクノロジーを使って、将来どんな街に住みたいですか?」と調査するプロジェクトを行なっています。

スマートシティの定義は、「将来その街に住む子どもたちが、どんな社会であればハッピーになるのか?」を考えることで見えてくるということです。このような取り組みは、とても素晴らしいと思います。

日本でも、ただ単に「STEM(ステム)教育をしましょう」といった話をするのではなく、もっと大きなビジョンを描く必要があるのではないでしょうか。

家を飛び出し、海外で気づいた日本人の個性

私は幼少期にしつけの厳しい家庭で育ちました。

電話の取り方や靴のそろえ方、礼儀作法を祖母から徹底的に教えられました。いま振り返るとよかったと思いますが、小さい頃はその厳しさを息苦しく感じていました。

医師の家系に生まれて、姉も医師。

私は勉強ができなかったので、まったく期待されていませんでした。

高校2年生のとき、そんな私を見かねた母が英語を勧めてくれて、交換留学システムでサンフランシスコに留学したのです。

そこから海外に目が向き、ボストンの大学に進学。大学3年生になるタイミングでイギリスに転校しました。

その頃には、家族と疎遠になっていて、転校の相談は一切していません。自分で手続きをすべて済ませて「授業料の振込口座がアメリカからイギリスに変わった」と電話を1本入れただけ。いま振り返ると、ずいぶん勝手な娘だなと思います。

海外生活では、改めて日本の素晴らしさに気づきました。

コンビニやスーパーにはきれいなお野菜が並んでいて、電車は時間通りに来る。

ボストンでは白人と黒人、アジア人の住む場所が違う。卒業パーティーを一緒にやらないといった状況が当たり前。

とくに差別的な嫌がらせを受けたわけではありませんが、このような慣習が文化的に染み込んでいることを目の当たりにしました。

そのような状況で自分のアイデンティティを確立し、多文化の社会で生き抜いていく力といった、いま、国際人に必要とされる素養が自然と身についていったように思います。

日本人の自己評価として、几帳面さ・真面目さはネガティブに捉えられがちですが、海外では優れた個性になります。海外の人と仕事をするときに、「これが日本人の持つ素晴らしい素質なのだな」と感じる機会が多々あります。

より良い社会を作るためには、組織と人のつながりが必要

社会人になり、P&Gではデザイン・マーケティング職に就きました。そこで痛感したのは、「世界一高性能・高品質の商品が、世界で一番売れるわけではない」ということです。

商品が売れるのはマーケティングやブランディングがあってこそ。その中で、いかに消費者とのタッチポイントをつくり、コミュニケーションを取っていくかを考える必要がある。この点にマーケティングの奥深さや面白さ、やりがいを感じています。

現職のロート製薬では、国際事業部長として、海外子会社の製品コンセプト、マーケティング戦略を指揮しています。

グローバルの視点から見ると、日本がより良い社会を作っていくためには、大企業同士がつながり、相乗効果を生んでいくことが大事だと思います。

中国などで取り組んでいる、特許権のオープンソース化も選択肢に入ることが理想です。

他国の特許権をオープンソースで活用し、テクノロジーで新たな価値を生み、得られた利益を特許元に還元する。

一定期間だけオープンにして、外の研究者の知見を借りることで、新しい価値が生まれる可能性は十分にあります。日本はまだまだ「自社の技術は誰にも渡さない」という意識が根強く、二の足を踏んでいる企業が多いように思います。

もう1つのポイントは、人材の行き来を盛んにして、外部のプロフェッショナル人材を登用することで、ケミストリーを起こしていく。

ロート製薬は、上場企業の中でもかなり早くから副業を解禁しています。

とくに多い副業は薬剤師ですが、飲料製造の経営者や放送作家など、まったくの異業種で活躍している社員もいます。

一人ひとりが勤務時間やリソースのバランスを主体的に考え、社会に価値を提供していくことを推奨しているのです。

いまは「個人のトランスフォーム」も可能な時代

よく業界や組織のDX(デジタル・トランスフォーム)が語られますが、

いまの時代は「個人のトランスフォーム」も可能です。

いまフォトグラファーをしている人が、一生フォトグラファーかと言うと、そうではないかもしれません。写真を撮りながらレストランの経営者になるなど、パーソナルトランスフォームできる可能性はいくらでも開かれています。

自分のキャリアを本質的に決めるのは「自分のありたい姿」だけだと思います。

私は家族で「自分のありたい姿」を掲げるビジョンボードを作っていて、目標を決め、細分化したタスクをリストアップして、年末にいくつ達成できたかを集計しています。

たとえば、母は「お父さんと同じ96歳までは生きたい」と目標を決めていて、そのために「ウォーキングを30分する」「お習字のクラスに通う」「コミュニティに参加する」「月にボランティアを何回する」というように、細かく書いています。

「そんな面倒くさいことを……」と言う人もいますが、私は「これができた、これもできた」とチェックしていくことが楽しいのです。これを繰り返していけば、自分のありたい姿に必ず近づけますから。

私はシングルマザーなので、とくに気にするのかもしれませんが、「子どもに何を残せるか?」という意識が常にあります。

それを問い続けていくと、やることを明確にして、どんどん行動していかないと、人生は短いなと思うのです。

選択肢の多い若者が、主体的にキャリアを選べる世の中に

私のビジョンボードには「組織論の本を書く」という目標が書いてあります。

20カ国以上のメンバーと仕事をしている中で、オンライン環境とオフライン環境では、全く別のリーダーシップが求められていると感じました。

今後の社会では、その両方のスキルを持つ人が必要とされると考えています。

コロナが収束したからといって、すべてが元に戻るわけではない。そのような状況下で、今後、組織とリーダーシップはどう変わっていくのか。ここにとても興味があります。

さらに、これまでに得た経験を生かして、日本人女性の活躍を啓蒙していきたいと思います。

選択肢の多い世の中で、自分の軸をしっかりと定めることは難しい。しかしながら、自分のやりたいことが見つかれば、自分も周りの人も幸せにすることができます。

最近、講演の機会をいただくこともあるのですが、学生には「自分で自分の人生をドライブしていくんだ」と伝えています。

今後は、大学の正規課程の中に、そのようなキャリア教育を取り入れるべきではないかと感じています。

私が理想とするスマートシティは、そのような教育も含めた「環境」を提供できる場所になってほしいと思います。

編集:宮原透、南部菜生子 取材:落合真彩 撮影:Masanori Naruse デザイン:鈴木雅人

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