Expert Story

妄想力でイノベーションを生み、世の中を豊かにする

株式会社グリッドCEO / 株式会社吉野家CMO / 公益財団法人日本スポーツ協会ブランド戦略委員会委員 

田中安人

#マーケティング

HR、経営戦略、海外戦略、販売戦略、スポーツマーケティング、アドバタイジング・エージェンシー/パートナー等幅広い経験から多くの企業のCMO歴任。公益財団法人日本スポーツ協会ブランド戦略委員会委員。フェアプレイ委員会選考委員長。帝京大学ラグビー部OB会初代幹事長として大学選手権9連覇の強さの秘密を解き明かした書籍「常勝集団のプリンシプル 〜自ら学び成長する人材が育つ心のマネジメント〜」を企画・編集。 ※grid×電通とビジョンドリブンで会社のポテンシャルを発掘するサービスVisioneering Assessment共同開発 

Published 2021.6.24

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Prologue

 

日本は、数百年続く老舗企業が世界一多い国だ。中には、1000年を超える世界最古の企業もある。長く生き残り続ける組織には、どんな特徴があるのだろうか。変化のスピードが早い世の中で、組織の本質を理解しておくことは非常に重要だ。

吉野家でCMO(最高マーケティング責任者)を務める田中安人氏は、「マーケティングの力で、世の中を豊かに幸せにする」というビジョンを掲げて自身でも会社を経営。さらに、公営財団法人日本スポーツ協会ブランド戦略委員会委員としてスポーツ界のビジョン設計も行なっている。

勤務先企業の倒産を経験したり、スポーツの常勝チームの仕組みを構造化したりして、強い組織とは何かを自問してきた田中氏。今考える、事業成功の本質と、人々に未来を示すビジョンの重要性を語る。

 

ビジネス界とスポーツ界の橋渡し役になる

僕は「マーケティングの力で世の中を豊かに幸せにする」「スポーツで心と体と経済を健康にする」というビジョンを掲げています。

現在は吉野家のCMO(最高マーケティング責任者)を務めると同時に、日本スポーツ協会のブランド戦略を担当させていただき、ビジネス界とスポーツ界を行ったり来たりしている人間です。

29歳まで現役でラグビーをしていて、国民体育大会にも出場しました。今でも、週末の朝にトレーニングをしています。「心身ともに健康にする」と言っているのに、僕の身体がブヨブヨで不健康だったら誰も信用しませんからね(笑)。

昔は夜型の生活リズムでしたが、朝型に切り替えたことにより、仕事がスムーズにできるようになりました。みなさんの心身が健康になり、仕事の効率が上がっていけば、経済の健康も回り始めます。医療費も削減されるのではないでしょうか。

僕は半官半民のスポーツ協会で大きな夢を語り、組織を巻き込み、世界を巻き込んでいきたいと思っています。

「精力善用・自他共栄」。

これは約100年前、日本スポーツ協会の創設者であり、日本柔道の基礎を作った嘉納治五郎先生の言葉です。

精力善用とは、心身の持つすべての力を最大限に生かして、社会のために善い方向に用いよう。自他共栄とは、他の人と助け合いながら良い社会を作ろうという教えです。

すごくシンプルですがこれがなかなか難しい。でも僕は実現できると思っています。

倒産から学んだ「強い組織とリーダーシップ」

ヤオハンという東証一部上場企業にいた29歳のとき、会社が倒産しました。世界十数ヶ国に展開し、日経新聞一面で取り上げられるような大きな会社です。

当時は山一証券、日本長期信用銀行が倒産する前でしたから、「上場企業が倒産する」なんてことは思いもしませんでした。

経営企画室にいた僕は、全世界3万人の従業員を路頭に迷わせないよう、日々債権の対応や社員の転職斡旋などを必死になってやりました。

「…なぜこんなことが起きるのか?」「強い組織とは何なのか?」。

ヤオハンの倒産は、組織やリーダーシップについて強く考えるきっかけになりました。

母校・帝京大学ラグビー部の後輩たちは、2009年から9年連続で大学日本一になりました。天才・平尾誠二さんが率いる同志社大学でさえ3連覇だったのに、9年勝ち続けた。

そこには強い組織のシステムがあるのです。

僕はそのシステムを解明したいと好奇心が湧き、帝京大学ラグビー部の岩出(雅之)監督と、書籍『常勝集団のプリンシプル〜自ら学び成長する人材が育つ心のマネジメント〜』を企画しました。

そのときに分析したシステムを他種目にも持ち込んでみたら、そのチームも強くなりました。さらに、書籍を読んだ経営者から「うちの組織も日本一にしたい」と依頼をいただき、コンサルティングに入ったところ、その組織も強くなっていったのです。

スポーツチームで培われた組織のシステムが、スポーツ界の底上げだけではなく、ビジネス界の底上げにもなった。この学びを得て、僕はスポーツ界とビジネス界の両方に携わるようになりました。

成功の秘訣は、想像の外側にある妄想力

30代では仲間と一緒に広告代理店を作り、当時「銀河系最強集団」と言われたヨーロッパのサッカークラブ「レアル・マドリード」を日本に連れてきました。

その後は「女子十二楽坊」という中国のグループアーティストを連れてきて、紅白歌合戦出場を果たしました。

僕はサッカーも音楽もド素人。サッカー業界や音楽業界の敏腕プロデューサーたちには、「そんなことできるわけがないだろう」と言われました。

でも僕たちは両方成功させました。

20世紀の敏腕プロデューサーが「NO」ということを、21世紀のフォーマットで実行して成功した。つまり「20世紀の成功フォーマットの外側」にあることをやったのです。

この「想像の外側」で成功した経験が、その後の僕のスタイルにつながっています。

よく「成功するコンテンツの見分け方はあるんですか?」と聞かれますが、僕は「ない」と答えます。レアルのときも、女子十二楽坊のときも、明確な戦略はありましたが、これは結果論でしかありません。

要因が1つあるとすれば、成功すると信じて、日本に連れてきて成功させる「ビジョン」と「仲間への信頼」です。これらがなかったら、絶対に成功できなかったと思います。

先ほどお話しした「想像の外側にあること」を、僕は“妄想力”と言っています。

想像できる範囲で考えると、過去の人間の英知で作った「現状」が最高になる。しかしながら、歴史上で途方もないこと成し遂げた人物は「想像の外側にあること」をやってきたわけです。

だから僕は「今ある仕組みが本当に最高のものなのだろうか?」「もっと素晴らしいことがあるのではないか?」と常に考えるようにしています。これも1つの妄想力ですね。

CMO(最高マーケティング責任者)の役割とは何か

広告代理店時代、はなまるうどんへの飛び込み営業がきっかけで同社の広告マーケティングを担当しました。

その後、独立したときに「うち(はなまるうどん)に入らないか」と誘っていただき、マーケティング責任者から後にCMO(最高マーケティング責任者)として関わることになりました。

マーケティングには広義のものから、狭義のものまで、いろいろな定義がありますが、僕は「経営判断以外のすべての業務」だと思っています。

CEOの役割である「経営判断」がしやすいように情報を揃えること。お客様にブランドを支持していただけるように、あらゆる要素を整えること。これがCMOの役割です。

組織がV字回復したり、世の中に認められる仕事ができたりしたときには、大きなやりがいを感じます。

会社を経営するうえで、一番大事なのは「ビジョン」です。

自分が死ぬ前に行きつきたい未来の目的地を「ビジョン」。その目印になるところを「北極星」だとします。創業者はみんなを巻き込むような北極星と、みんなで乗るための船を作らなければいけません。

以前、大企業の社長から「うちは豪華客船だけど、すぐ社員が辞めちゃうんだよね」と聞きました。豪華客船であっても、行き先のない船には誰も乗りたくない。それと同じことをやってしまっている企業が多いのです。

創業者が行き先をきちんと伝えていれば、ボロボロな船であっても「僕、給料いらないからキッチンに入れてくれ」という天才たちが来ます。このことを忘れてはいけません。

そして、船の中には「ルール=戦略」が必要です。

たとえば「DX」も船のルールの1つです。ここで注意したい点は、北極星(どこへ行くのか)が明確でないのに、ルールばかり押し付けられたら、人は疲弊するということです。

過去の成功体験が強すぎる会社ほどそのような状況に陥り、当然イノベーションは起こらない。

未来に生き残りたいのであれば、まず「会社が何のために存在しているのか」という北極星を見つけ、「ルール=戦略」をつくり、世界に提供していかなければなりません。

今の吉野家ホールディングスの河村(泰貴)社長は、僕にとって「この人を男にしたい」と思うような人物でした。だからこそ「一緒に仕事をしよう」と決めたのです。

個人の価値観を明確にすると、仕事と人に出会える

最後に「組織」で働く「個人」の話をしたいと思います。

僕は30代や40代の頃から、現在のようなパラレルワークを実践できていたわけではありません。

若い頃は少なからず「フェラーリに乗りたい」「成功者になりたい」といった気持ちがあるかと思いますが、自分は私利私欲から離れて「社会に何か還元したい」と考えはじめたときに、いろいろな相談が来るようになりました。

中国の諺で「先義後利」という言葉がありますが、やりたいことが明確で、そこに「義」があると、足りないピースがあったとしても「私がこのピースを埋められます」と言って、手を貸してくれる人が現れる。

ビジョンが明確になっている人ほど、仕事と人が集まりやすいのです。

また、パラレルワークの良いところは、自分を客観視できることです。他業界に身を置くことで、プロフェッショナビリティを抽象化しやすくなり、キャリアの幅を広げることにもつながります。

20年前には「パラレルワーク」「ダイバーシティ」などの言葉や概念はありませんでした。しかしながら、その概念がない状態を“正解”としていたら、今の世の中はないわけです。

常に「本当に現状が最高なのだろうか?」と問い、世の中が前進するための方法を考える。このときポイントになるのが、再三申し上げてきた「想像の外側にある妄想力」です。

僕は人間には無限の可能性があるし、世の中はもっと良くすることができると信じています。今後も自分の根源を常に問いながら、妄想力をふくらませて、人間としての可能性を追求していきたいと思います。

編集:宮原透、南部菜生子 取材:落合真彩 撮影:Masanori Naruse デザイン:鈴木雅人

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