Prologue
日本でも数年前から急速に浸透してきたクラウド化。企業が業務効率化や生産性の向上を目的としてSaaSプロダクトを導入する事例は珍しくなくなり、toCのプロダクトを消費者として享受している個人も増えている。
「僕はSaaSが大好きなんです」と語るのは、カミナシ株式会社でCOOを務める河内佑介氏。
カミナシは、工場や店舗などで立ち仕事に従事する、ノンデスクワーカーの業務を効率化するプロダクト(デスクレスSaaS)を提供する注目のスタートアップだ。
人の「働き方」や「暮らし」に関心を持ってきた河内氏が、現在、SaaSビジネスに没頭しているのはなぜか。事業を通して、実現したい世界について語ってもらった。

僕は今、32歳なのですが、30代で成し遂げたい目標として「COOを務めるカミナシの事業を大きく成長させて上場する」ということを掲げています。
これまでのキャリアでは、HRテックやマッチングサービスなど、たくさんの新規事業立ち上げに携わってきました。
SaaS領域に7年ほど関わってきたのですが、これからは事業の立ち上げだけではなく、事業規模の拡大に貢献していきたいと思い、カミナシにジョインしました。
大きな事業に成長させていける可能性とやりがいを感じながら働いています。
一方、長期的な目線では、より良い「働き方」や「暮らし方」に非常に興味があり、この領域で新しい価値を創っていきたい。
そのためにカミナシで大きな事業を創り、30代で成功体験を積みたいと考えています。

京都で生まれたのですが、まわりには公務員や医者などになる人も多く、昔ながらの堅めな価値観を持つ人が多い環境だったと思います。
ただ僕は、「男たるもの、こうやって生きるべし」という考え方に強い反発心があったんです。
そのためか、「人と同じことには価値がない」「人と違うことをしなければならない」といった、強迫観念のような価値観がアイデンティティになっています。
小学校の卒業文集で書いた将来の夢は「社長」。
「お金持ちこそ正義。だから俺は社長になる」と、大学に入学するくらいまで、本気で思っていたんですね。
価値観を揺さぶるような転機が訪れたのは、大学在学中・バックパッカーに行ったときです。
バイト先のバーのマスターに勧められ、長期休みになるとバイト代を使って貧乏旅行をするような日々を過ごしました。
ヨーロッパやアジアのいろいろな国を回りましたが、とくにインドや東南アジアでの体験は、それまでの「理想の幸せ像」を考え直すきっかけになりました。
お金もない、快適な家や高級なモノもない。
それでも、すごく幸せに暮らしている人たちをたくさん目にして、「必ずしもお金を稼ぐことが幸せのすべてではない」ということを肌で感じたんです。
就職活動の時期になると、「どうしたら幸福な人生が歩めるのだろうか?」と根本的なところから考えました。
その中で「人生の大部分を占める“働く”という領域であれば、社会にインパクトを与えられるかもしれない」。そのような可能性を感じて、人材紹介のインテリジェンス(現パーソルグループ)への入社を決めました。
新卒入社後に配属されたのは人事部。いち早く成長したかった僕にとって、本意ではありませんでした。
でも、目の前の仕事に一生懸命向き合う中で徐々に仕事が楽しくなり、成長実感を得ることができました。
人事を2年ほど務めた後は、テクノロジー領域のグループ会社に異動して、セールスやBizDevを担当。
システム受託開発やSaaSの立ち上げをやりつつ、人事経験を買われてHRテックビジネスの立ち上げに関わることができました。
その後はエンジニア組織に異動して、大きくキャリアチェンジを図りました。
なぜかというと、自分の「専門性」を求めていたからです。
現在、神奈川県の逗子市に住んでいますが、昔から「海の近くに住みたい」という思いがありました。
バックパッカーをしたのも「旅をしながら働く」「自由に働く」ということに漠然と興味を持っていたためです。
今でこそ多くの職種でリモートワークが浸透していますが、当時はこんなに一般的な働き方ではありませんでした。
「海の近くに住みたい」「自由に働きたい」といった思いを叶えるためには、専門性を身につけるしかないと思っていたんです。
でも実際に、エンジニア組織に異動して、技術を学んでみると全然ダメでした。
1つのことを深掘りして学び続けることが性に合わなくて、「これは他の人のほうができるんだろうな」と感じました。
専門性の追求を諦める一方、過去に人事、セールス、開発などの複数領域を経験していることの良さにも気づきました。
一般的に「何でも屋」「器用貧乏」といったイメージがありますが、「ひと通り全部わかるからこそできる仕事がある」と考えたんです。
プロダクトマネージャーや事業責任者を担う中で、それは確信に変わっていきました。
「ジェネラリストであることが僕の専門性になっている」。
そう思えたときに心が晴れて、この道を極めようと思いました。
プロダクトマネージャーや事業責任者の役割は、異なるプロフェッショナルのハブとなり、みなが同じ方向を向いて仕事をできるようにすることです。
僕は各プロフェッショナルと共通言語を持って話ができるし、何が問題になっているのかもある程度わかります。
とくにSaaSは、異なる職種が混在する組織で展開していくビジネスモデル。僕の「ジェネラリストとしての専門性」が大いに生かせる場所だと思っています。

カミナシからオファーをもらったのは2020年4月。プロダクトローンチ直後の7月から、9人目の社員として入社しました。
当初は「プロダクトマネージャー」としてのオファーでしたが、入社後はマーケターをやりながら、ビジネス全体を幅広く見るようになりました。
急務の採用業務をおこなったり、資金調達に向けた事業計画を作ったり、VCとの折衝をしたり。組織規模が拡大する中で、実務からマネジメント寄りにシフトするなど、会社の成長に合わせて、自分の動き方も変えていくような怒涛の1年でした。
僕は約7年SaaSビジネスに関わる中で、主にオフィスワーカー向けのプロダクトを提供してきました。これはかなり浸透してきて、5年前と比べてすごく便利になっています。
僕がもともと目指してきた「働き方を変える」という目標に、だいぶ近づいている感覚がありました。
しかしながら、カミナシに来て、クライアントであるノンデスクワーカーが働く工場や店舗の現場で見た光景に、ある種のカルチャーショックを受けました。
そこには、まるで昭和の世の中みたいな、アナログな現場があったんです。
毎日紙とペンでチェックをして、〇をつけていくような地道な作業。それも大切な仕事だと思いますが、自動化できるところはたくさんあるはずです。
「より良い働き方」が成し遂げられていない領域がまだこんなにある。さらに、ノンデスクワーカーは、日本の就業人口のおよそ半数を占めている。
僕がカミナシに来る前に「世の中が変わってきた」と思っていたのは、実際には半数以下の人たちのことでしかなかったのです。
さらにグローバルを見ると、世界の就業人口の80%ほどがノンデスクワーカーと言われています。「Salesforceのおかげで仕事が便利になったね」と言っても、実は全体の20%の話でしかない。この残りの部分を変えていくのは、すごく意味があることだと思いました。

経営をする上での僕のキーワードは「矛盾のない状態をつくる」こと。
僕がSaaSを好きな理由は、「矛盾がない」からなんです。
SaaSはお客さまの成功に向き合うことで事業成長につながる、関わる人が皆幸せになれるすごく気持ちのいいビジネスモデルだと感じています。
僕は以前働いていた、カヤックの「つくる人を増やす」という経営理念がすごく好きで、「人間は本質的に『つくる』ことを求めている」という考えに共感しています。
営業でも、マーケターでも、ライターでも、エンジニアでも、創意工夫して何かを生み出すことは楽しいですよね。
社会にSaaSビジネスが浸透して、業務効率化を図ることができれば、働く人たちがもっと創造的な仕事に時間を割けるような、楽しい世の中が来ると思っています。

編集:宮原透 取材:落合真彩 撮影:Masanori Naruse デザイン:鈴木雅人
Expert Storyは、NewsPicks Expertで活躍している
エキスパートの深層を探る、インタビューコンテンツです。